インターネット基盤技術者の閉塞感

今年もまたエープリルフール RFC の季節がやってきた。昨年は結局発行されなかったので寂しい限りであったが、今年は少なくとも一つは発表されたようだ。今回は、今年のエープリルフール RFC を読みつつ、今後のインターネットの行く末を占ってみたい。

手旗信号システム上のIPデータグラムの伝送

今年発表されたエープリルフール RFC はRFC 4824の、「手旗信号システム(SPSS)上のIPデータグラムの伝送」(The Transmission of IP Datagrams over the Semaphore Flag Signaling System(SFSS))である。手旗信号で規定されている A-Z の26パターンのうち、16個をデータ通信用に、また9個をデータコントロール用に定め、P2P のユニキャスト通信のプロトコルを規定している。

RFC 4824 の記述で興味深いのは、エラーとセキュリティに関する考察である。手旗信号は人間が行うことを想定しているため、天候の影響や夜間で見にくいなどの理由により、エラー率が上がることが指摘されている。また、人間は疲れるので、最低限二人が交代で実施することを勧めている。セキュリティに関しては、容易に盗まれてしまうので、上位レイヤでの対応を求めている。

コミュニティの成熟と技術者の閉塞感

実は、このRFCを読んでも、あまりおもしろいと感じられなかった。IP を変わった伝送路で送るというものであれば、1990年の「鳥類キャリアによるIP データグラムの伝送規格」の方が数段おもしろかった。昨年発行されなかったことも考え合わせると、どうもエープリルフールRFCはネタ不足なようである。

その原因を考えてみると、インターネットコミュニティの成熟に関係ありそうだ。IP 等の下位レイヤの技術は成熟して出尽くした感があり、また上位レイヤに至っては Web 2.0 のあおりを受けてか、マッシュアップによる短期間でのビジネス化が進んでいる。エープリルフールRFCのネタを考え出す隙間が少なくなってきているのだろう。

それに比例して、インターネットコミュニティの基盤技術者には閉塞感が漂っているように思える。インフラとして重要な下位レイヤでは、 IPv6 に代表されるように市場での大きなブレークスルーがここ数年あまり見られない。市場が活性化しているWeb2.0 で活躍しているのは、従来のインターネットコミュニティの技術者ではなく、新規参入してきたアプリケーションエンジニアなのではないだろうか。

土管屋の地位向上を目指して

ネットワークの物理層を提供する事業者を「土管屋」と称することがある。余計なことをせずに伝送路だけを提供するものを揶揄しているわけだが、最近では IP層を提供する ISP などもこの土管屋に分類されてしまいがちである。イーサネットなどの物理層と同じく、IP 層でも適切なルーティングだけ行うことが求められ、それ以上は余計なことをするなと言うことだ。実際、そうした IP ネットワークとしてインターネットが使われている。暗号化についてもSSL などの上位層で行われることが多いし、YouTube 等の動画配信にとってもインターネットは単なる土管でしかない。

しかし、仮にIP層が土管屋だとしても、その維持にどれほどの努力が払われているのか理解している人はどれくらいいるだろうか。ネットワーク障害に対する冗長性を得るための分散IX(インターネットエクスチェンジ)や分散DNSの技術、世界中を網の目のように繋ぐインターネットルーティング情報の管理技術など、地道な努力と進歩を続けているわけである。

決して派手ではないが、土管屋はとても重要な役割を持っていることを、多くのユーザに認識してもらいたいし、また土管屋自身ももっと誇りをもってよいと筆者は考える。

今のインターネットよりも信頼性が高く、また高速・高性能な次世代インターネットを支えているためには、優秀な土管屋が大勢必要なのである。