小学生から始めるプロジェクトマネジメント教育

筆者は10年ほど前から毎年、大学でプロジェクトマネジメントの講座を担当している。その経験を生かして先日、大学生向けのプロジェクトマネジメントに関する書籍を出版した。こうした書籍を出版した理由は、より多くの人たちがプロジェクトマネジメントを学び、仕事や日常生活に活用してもらいたいと考えているからだ。今回は、若年層に対するプロジェクトマネジメント教育の現状と今後への期待を述べる。

学生向けのプロジェクトマネジメント教育が必要

筆者が担当する大学でのプロジェクトマネジメントの講座は、2009年から東京農工大で始まった。当時はアジア諸国から来日した留学生向けのプログラムであったが、その後日本人を含めた通常の講座として2020年まで続けている。最近の10年間を振り返ると、国内の多くの大学でプロジェクトマネジメントの講座が始まっており、大学でのプロジェクトマネジメント教育は定着してきたと言えるだろう。

東京農工大の講座では、プロジェクトマネジメントの代表的な知識体系であるPMBOKを一通り理解するとともに、ソフトウェア開発を中心としたIT関連プロジェクトに適用できる能力の向上を目指している。毎年講座を開始する際に、「PMBOKを知っているか」と質問するようにしているが、ほとんどの学生は知らないと答えるケースが多い。つまり、この講座を受講して初めてPMBOKの知識体系に触れるわけだ。

プロジェクトマネジメントの知識は、社会人が仕事として行うプロジェクトのみならず、日常生活を含めた様々な活動でも非常に役だつものである。そこで、PMBOKの知識体系全体を学ぶのは大学生からでもよいが、要所となる一部の知識は、より若年層に対する教育プログラムに組み込むべきと考える。

2年後には高校でもプロジェクトマネジメント教育が始まる

高校生のプロジェクトマネジメント教育と聞くと、「もしドラ」を思い出す方も多いだろう。2010年にミリオンセラーとなった「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」は、当時はまだ高校生がプロジェクトマネジメント教育とは縁遠かったことを示している。実際、文部科学省が定めている当時の高等学校学習指導要綱では、情報の科目において「PDCAサイクル」「プロジェクトリーダー」「工程管理」などのキーワードは登場していたが、プロジェクトマネジメントに正面から向き合っていなかった。

しかし、平成30年に改訂された学習指導要領の中では、情報の科目の中で、プロジェクトマネジメントについて理解することが求められるようになった。新しい学習指導要領は令和4年4月から施行されるため、将来の高校生はもれなく、プロジェクトマネジメント教育を受ける機会が得られるだろう。もしドラの時代から15年余りを経て、高校生がプロジェクトマネジメントを知っているのが当たり前となることに期待したい。

中学生の夏休みの学習計画にプロジェクトマネジメントを

一方、中学生向けの教育については、残念ながら平成29年に改訂された学習指導要領の中でも、プロジェクトマネジメントに直接関係する内容は見当たらない。強いてあげれば、技術・家庭の科目の中で、「計画的な金銭管理」が挙げられている。ここでコスト・マネジメントに関する知識を学べる機会を設けられるかもしれない。

また、総合的な学習の時間の科目では、グループ学習を行う中で「メンバー全員で計画を立てて役割分担」することや、「コミュニケーションの取り方」を学ぶことが期待されている。そうした学習の中で、プロジェクトマネジメントのスケジュール・マネジメント、資源マネジメント、コミュニケーション・マネジメントなどを学ぶ機会となることに期待したい。

中学生ともなれば、夏休みの学習計画くらいは自ら立てて、最終日に慌てないようになって欲しいと考える保護者は多いだろう。せめて「PDCAサイクル」を学ぶことで、計画倒れに終わらない夏休みを送れる可能性を高めたいものだ。

小学校の演劇や美術展示にもプロジェクトマネジメントを

小学生からプロジェクトマネジメント教育というと、さすがに早すぎると感じる方も多いだろう。しかし海外ではすでに、小学生向けのプロジェクトマネジメントの教材が、プロジェクトマネジメント関連組織から発行されている。この教材は2012年にイタリアにて、小学校でプロジェクトマネジメントを教えるために開発されたもので、日本語も含めた多くの言語に翻訳されている。この教材の中では、「ブレーンストーミング」や「マインドマップ」などのツールの使い方や、小学校で行う演劇や美術展示をプロジェクトと見立てて、プロジェクトマネジメントの学習を行う内容などが含まれている。

一方、国内の小学生向けの教育においては、学習指導要領の中でも、プロジェクトマネジメントの要素はさらに少なくなる。総合的な学習の時間の科目においても、基本的には目の前の課題を探究的に学習することに重点が置かれている。確かに、筆者が小学生だった時代を振り返っても、計画性をもって何かをマネジメントしていた記憶はない。実際、小学生に多くを求めるのは難しいだろう。前述の小学生向け教材などを活用して、演劇や美術展示などを介して、小学生の時代からプロジェクトマネジメントを身近に感じられるようになることが望まれる。

課題は教える側の人材育成

今後、小学校を含めた学校という教育の場では、プロジェクトマネジメントの知識を身に着ける機会はとても増えてくるように思える。しかし、例えば学習指導要領で明に登場しないプロジェクトマネジメントを、小学校や中学校の教員が果たしてどれくらい教えられるだろうかという不安はぬぐい切れない。情報関連の科目が学校に導入されて小学生からプログラミング教育が行われる時代となっても、実際にプログラミングを教えられる教員が足りないという課題に直面していることは記憶に新しい。

プロジェクトマネジメントについても、若年層から教えられる環境は十分にあるものの、例えばPDCAサイクル等のプロジェクトマネジメントの知識を意識した教育を実践できる教員は、それほど多くないだろう。教える側の人材育成を考えると、大学に限定せずに、既に教職に従事している方を中心に、幅広い分野の社会人に対する、プロジェクトマネジメントに関するリカレント教育が必要となる。

小学生から大学生に至るまで、継続的なプロジェクトマネジメント教育により知識を身に着けた学生が世の中に排出され、社会活動の中心となる時代が楽しみだ。大規模プロジェクトのみならず、些細な取組でも、計画的に、かつ環境変化に応じた活動が進められるようになるだろう。多くの人が教養としてプロジェクトマネジメントの知識を身に着けることで、世の中の多くの場面でその知識が活用される社会に期待したい。