台湾IT大臣が引き出した民主主義の新たな可能性

各国政府が新型コロナウイルスの感染拡大を食い止めようと躍起になる中で、台湾とそのIT担当大臣・唐鳳(オードリー・タン)の取り組みは、一躍世界の注目を浴びることになった。

日本の報道では、唐鳳の天才ぶりや年齢の若さが紹介されることが多いが、それだけではあまりにも表面的な理解である。マスクマップの開発も、新型コロナウイルスの影響でマスクを買えないという市民の不満をスピーディーに拾い上げ、在野のエンジニアや衛生福利部(日本の厚生労働省相当)の尽力と、民間企業(Google)の協力を得たからこそ実現できた。唐鳳の能力の高さは疑う余地がないが、本当に注目してほしいのは、インターネットを通じて多種多様な意見や人材を集め、これらを積極的に活用することにより、民主主義の価値をより洗練させていく手法である。

「g0v」から始まる市民参加

どんな国でも、政府と市民との間には情報の非対称が存在する。台湾の「g0v」は、政府が持つ情報の透明化を改善・促進するために有志のプログラマーが立ち上げたオンラインコミュニティである。市民が社会に参加するために必要な情報プラットフォームとツールの開発に焦点を当て、政府をより効率的に監視し、政府の行動に関与して、これによって民主主義の質を深めることを目的としている。

このコミュニティは、Web開発者、有名企業(Google、Apple、Yahoo、HTC、Canonical、Mediatek、Trendなど)の一流プログラマー等のIT専門家をはじめ、学生、作家、アーティスト、デザイナー等あらゆる分野の「専門家」によって構成されている。もちろん、唐鳳も参加者の一人だ。コミュニティ内では、様々な交流会や講座が開催されており、参加者のアイデアを実現するための補助金も提供されている。

g0vから生まれたプロジェクトの中には、社会的に大きな影響力を持つまでに発展したものもある。その一つの例が、法令議論プラットフォーム「vTaiwan」である。ここでは、だれでも、法規制に関する議論を提起することができる。法律をめぐる様々なステークホルダー(行政機関、企業の代表、消費者など)の意見を取り入れながら議論が行われるのだが、このプラットフォームにおいて重要なのは、ただ一方通行的に相手の立場・意見を批判するだけでなく、対立する立場の者同士が互いの考え方を理解する機会を提供する点である。議論の結果は、法令の草案作成の参考とされる。これまでに、ドローンの利用・管理に関する議論や遠隔教育の実施など、多くの提案が実際の法律・条例に反映されてきた。

市民の愚痴を改革のエネルギーに

2015年、台湾政府は、インターネットを通じた市民の政治参加が活発になっていることにも影響されて、「公共政策参加プラットフォーム」を設立した。このプラットフォームは、米国政府への請願を行うためのウェブサイト「WE the PEOPLE」も参考にしている。

このプラットフォームの中に、旧来のデジタル納税システムに対する不満を書き込む人々が現れた。唐鳳は、不満を示した人々を集め、デジタル納税システムの改善に取り組み始めた。そしてすぐに、UI/UX設計の専門家を含め、このプラットフォームに意見を出した人々の中には、実に多様な人材がいることが明らかになった。ユーザ、専門家、ベンダなどの意見を集めた議論は4ヶ月も続いたが、こうして開発された新たなデジタル納税システムは、過去対応していなかったMac OSやタブレット向けOSでも使用できるようになるなど、利用者目線での多くの改善が施された。最終的に、新システムの利用者満足度は、94%を達成したのである。

IT活用が促す民主主義の進化

唐鳳がIT担当大臣に就任したのは2016年のことであった。その時点で、今回紹介したプラットフォームはすでに存在していた。唐鳳と人々の取り組みは、これらの活用を促進・加速させ、より透明性が高く、誰でも参加できる政府・社会を目指すものだった。

新型コロナウイルスへの台湾の対応は、決して一部の政府幹部の個人技で実現したものではない。ITを活用し、情報化社会に即して民主主義を洗練させようとする市民と政府の取り組みが有効に機能した一例なのである。