遠隔医療の現状
遠隔医療が開始されて、早くも25年になる。我が国の初めの遠隔医療の試みは、1970年代に和歌山県でCCTVにより心電図を送信したのが最初とされる。その後技術は進み、旭川医科大学では1999年から42の医療機関とブロードバンドでネットワークを結び、リアルタイム送られた病理映像に基づいた手術指導などを行うなど成功事例もある。しかし、厚生労働省の平成17年「医療施設(静態・動態)調査・病院報告」によると、遠隔画像診断については全病院の7.6%、遠隔病理診断は1.6%、在宅療養支援については0.9%と、遠隔医療は限定的な普及にとどまっている感は否めない。
一方、海外に目を向けると、遠隔医療の先進国であるフィンランドでは、遠隔医療はすでに医療提供方法の一つとして普及している。電子カルテの普及率はほぼ100%に到り、病院、プライマリーヘルスセンター(基本的な医療を一通り提供できる診療所)、コールセンター間に高速通信インフラが整備され、患者の携帯電話で計測されたバイタルセンサの情報を病院が受信し、それに基づき指導や指示が行われている。フィンランドの場合、その多くが森で覆われる広大な国土と雪が非常に多い気候が、遠隔医療のインフラ整備を後押ししてきたという背景もあるであろう。
我が国においては、医師不足の解消と医療費の削減が非常に重要な問題であり、それを解消する一つの手段として遠隔医療は注目されている。実現する技術は整いつつあり、今後遠隔医療における診療報酬など、制度面の整備が進めば、今後さらに普及するだろう。
予防医療の分野でのICT
日本では、病気になる一歩手前の予防医療に対する取り組みも増えつつあることは、以前の記事にも書いたとおりである。2008年4月から開始された医療保険者に対する特定保険・健康指導の義務化の流れも受け、昨今新たなビジネス市場が生み出されている。
実証実験の例としては、NTTグループでは岐阜県中津川市とともに、次世代型ネットワークNGNを利用し、メタボリックシンドローム改善支援のための遠隔保険指導のトライアル実験「中津川ヘルスケアトライアル」を実施している。ここでは、日々計測する血圧データから対象者の血圧型(朝高値型、夜高値型、仮面高血圧、白衣高血圧)を自動判別するアルゴリズムを開発し、健康指導を自動的に生成している。これは自動判別により専門家が診断をする手間が省け、専門家人材不足の問題の軽減につながる効果がある。
病院向けサービスとしてはKDDI研究所が、病院内でのナースステーションと患者の病床とのコミュニケーション支援のための遠隔指導システム「メディフィックケアステーション」を提供し、日々のバイタルデータを見ながら患者と病院間のテレビ電話通信を行い、遠隔指導を行っている。病院は患者のバイタルデータを一元管理できるため、病院側の業務の効率化も期待できる。一般家庭のテレビ電話との通信も可能であり、忙しくてなかなかお見舞いにいけない家族が、患者の病状を家庭にいながら見守ることも支援してくれる。
また、健保組合向けサービスとしては、NECが、グループの社員・家族を対象にWii Fitを利用した健康増進支援サービスを開始している。Wii Fitで計測したデータ(運動データ)と携帯電話で取得するデータ(食事データ、喫煙量、飲酒量など)を統合したデータをもとに、保険指導者が指導を行う。Wii Fitを導入している点が、自分が患者であるという意識を忘れさせ、入力自体をゲーム感覚で楽しめるため、対象者が継続的にサービスを使用するモチベーションにつながる。
予防医療の分野においても、対象者に対して指導者が極めて少ないという現状の中で、このようなICTを活用した遠隔指導支援も今後更に必要性を増していくであろう。
サービスの鍵となるものは
このように予防医療でのICTの活用は進みつつあり、今後もこの流れは更に進むと思われる。。例えば、不妊治療のための体温管理や生理周期のチェック機能やアドバイス機能を備えたツールなど、ニーズは多様である。
遠隔指導サービスにおいては、対象者が今後増大し、大量のバイタルデータが蓄積されてくる中で、如何にコストをかけず効率的に指導の判断をするかも、ビジネスの採算性の面では重要になってくる。その一つの解決策として、専門化の知識をデータベース化したエキスパートシステムによる自動診断のニーズが高まると予想される。
対象者にとってアトラクティブなインターフェイスによりデータを蓄積し、分析したものをサービス化し、ユーザからのフィードバックを受ける、というサイクルを構築することができれば、サービスの質を高め継続的なサービスとなりえる。
一方、こうしたサービスには個人情報保護の問題が避けては通れない。①法制度が整備される事業者がサービスを提供しやすくなること、②セキュリティレベルが確保されること、③食事データや位置データなどバイタルデータよりも機微で無い情報を国民が提供する風潮が進むこと、また、④データが漏洩したとしても匿名化技術により個人や企業に対するリスクが軽減されていること、等の条件が整えば、個人情報の問題も少しは緩和される。
予防医療は、我が国が抱える医療費の増大(2008年度34.1兆)という国家的問題の最大の解決策になると認識されている。予防医療の普及にはICT活用が不可欠であり、今後さらに多様なサービスが登場し、市場が活性化されていくに違いない。