心理学を活用したユーザ評価手法

ユーザ評価の問題点

新しく開発した製品・サービスを評価する指標はいくつもある。機能、性能、価格、デザイン・質感、利用した印象(ユーザエクスペリエンス)などである。前半の3つは機能の有無、処理スピード、既存製品との価格差などで簡単に定量的に把握・比較することができる。しかし、後半の2つはそうはいかない。開発者やデザイナが良かれと思って製品化しても、利用者に受け入れられるとは限らない。「見た目はいいけど使いにくい(デザイン偏重)」、「機能は多いけど使い切れない(機能偏重)」などという不満はよく聞く話である。
こうした事態を回避するため、開発した製品、あるいは開発中のプロトタイプを実際に想定利用者に使ってもらい、アンケートやインタビューを通してユーザの生の声を集めることがある。このようなユーザによる評価を総称して「ユーザ評価」と呼ぶ。

以前のコラムでも述べたようにiPhoneの大ヒットや「おもてなし」の自動車が登場など、利用者主体の開発の重要性が認知され始め、人間中心設計(HCD)も注目されつつある。しかし、ユーザがどのように感じたかをきちんと評価している事例は少ない。ようやくユーザのことを考えて開発し、その結果を試しに評価し始めた段階で、まだ計測結果を製品開発にフィードバックできる段階にはたどりついていないのが現状だ。

理由のひとつとして、製品開発を主に担当する工学系出身者にユーザ評価手法に関する知識が少なく、手探りで評価を進めていることが挙げられる。例えば、ユーザインタフェースの研究開発に関する論文や感性工学系の論文を見ていると、単純なアンケート(「使いやすかったですか?」、「魅力的でしたか」など)で評価していたり、SD法(※1)を使っていたとしても形容詞の選定基準が明確でなかったり、「本当にその評価方法は正しいのか?うまく結果を誘導したんじゃないのか?」と聞かれたら反論できないのではないかと思われる事例が非常に多い。

※1
SD法:「見やすい-見にくい」、「目新しい-ありがちな」といった対の意味の形容詞を左右に並べ、ユーザに評価対象が左右の形容詞のどちらに近いかを5~7段階程度で評価させる。その後、評価結果のグラフの形状(プロファイル)や因子分析等によりユーザの印象を分析する手法。システムの使い勝手を評価するふたつの方法 [後編]でも紹介している。

心理学を利用しよう

では、どのように評価すればいいのか?ユーザ評価はすなわち「人間がどう感じているか」を調べることである。これは心理学の分野で脈々と研究されてきたことに他ならない。心理学というと心療相談等を思い浮かべてしまい、「評価が曖昧なのではないか」と疑念を持つかもしれないが、実験心理学と呼ばれる分野では統計を用いた定量的な手法が使われている。実験にもよるが、数十人から数百人程度の実験参加者を対象にアンケート調査を実施し、統計的に結果を分析している。したがって、工学者としては心理学の実験方法や成果を利用させてもらうのがよい(※2)。

※2
ここでは評価手法を取り上げるが、評価手法自体だけでなく、実験参加者の偏りをなくす、実験の目的がわからないようにするなど実験時の注意点も参考になる。

たとえば、世の中には「心理測定尺度集」という文献がある。この文献には「快-不快」の尺度、「没入尺度」、「印象評定尺度」などさまざまな尺度が掲載されている。これらはいずれも汎用性が先人の心理学者によって統計的に検証されており、こうした尺度を用いることにより客観性の高い評価が可能となる。

上記の文献に適切な尺度がなく、また、類似研究もない場合はやや煩雑な手順が必要である。SD法を使う場合にはまず、候補となる形容詞を関連文献から収集し、過不足を調整する。次に簡単な予備実験を行って形容詞を絞り込み、これらの形容詞を用いて本実験を行う(さらに別の被験者で実験して汎用性を検証すると完璧だが、そこまでするかは場合によるだろう)。

ユーザ心理評価の効果

このようにして評価を行えば、少なくとも開発者の的外れな「良かれ評価」の結果をもとにして製品化が行われてしまうことは減少するに違いない。実際、我々も既存の尺度を使った評価した実験と独自の尺度を開発した上で評価した実験の両方とも経験があるが、いずれの場合でも実験参加者の心理状態がインタビューで聞き取った傾向と合致していた。さらに結果が数値で表現されるため結果が理解しやすくなり、説得度も上がる。

社内利用だけでなく広告に用いることも可能である。IT分野ではないが、サンスターは「多面的感情状態尺度」という尺度を用いてシャンプーなどに用いられている清涼成分が感情に与える影響を評価した。その結果によると、清涼成分には人間の思考をポジティブにする働きがあり、よりポジティブにする効果の高い清涼成分を配合したシャンプーを開発したとのことである。トクホ(特定保健用食品)が「○○を飲んで中性脂肪が△△%減りました」と宣伝しているように、学術的な信用のある手法を用いて効果を測定することによって広告に活かすこともありうる。
また、「なんとなく良さそうなCM」を見て商品を購入した結果、見かけだおしでがっかりした、という消費者が減ることになり、ひいては企業イメージのアップにもつながるだろう。

機能・性能や価格の競争では差別化が難しくなって久しい。デザインや使い勝手が重要なポイントとなることはわかっていても、本当にユーザにとって良いものかどうかは実際に使ってみてもらわなくてはわからない。したがって発売前、あるいはプロトタイプ段階できちんとしたユーザ評価を行うことは重要である。短期的には開発コストの増加につながるため、このご時勢に導入しにくいということは理解できる。適切な実験計画を立て、最低でも20~30名程度の実験参加者を集め、実験を実施し、分析するとなると、ある程度の時間とコストが発生するのは避けられない。だが同時に、ヒット商品を生み出す可能性を上げるための重要なツールでもある。ぜひ一度試してみてほしい。

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