人工知能に対する否定的な言葉としても使われていた人工無脳であるが、サイトナビゲーションやインタラクティブな広告、ヘルプシステムへの応用が進んでおり、一種の “ユーザインタフェース” としての地位を確立しつつある。検索技術や、行動ログ収集技術、エージェント技術と組み合わせることで、アイデア創造のインタフェースとして利用できるかもしれない。
お気楽インタフェース「人工無脳」
人工無脳とは、(狭い意味では)あたかも人間と会話しているかのような対話型人工知能である。一見すると、知的な会話ができるようでいて、実はあらかじめ構築されたデータベースや会話パターンに応じた機能的には単純なものが多い。このため、実用的かつ高度に知的な相談や会話を行うことは期待できないが、会話型の面白いインタフェースを提供するという意味合いで、占いやサイトナビゲーション、またヘルプシステム等に応用されている(たとえば、日産NOTEなど)。対話型ではないが、異性のメールの内容から脈があるかどうかを判定する サイトもある。これも同様のアプリケーションである。「人工無脳」という言葉は、もともと人工知能の実現性に対する哲学的な皮肉として使われていたと記憶しているが、最近ではむしろそのお気楽さが肯定的に捕らえられているようである。
創造力不足と発想支援
さて、検索エンジンの普及により、知識の外在化が進むとともに、情報依存症、創造力不足といったことが指摘されている(たとえば、藤原智美著,「検索バカ」)。実際、大学のレポートなどでも、「コピペの貼り合わせだけで何となくできてしまったような気がしている学生が多い」と嘆く先生の声をよく耳にする。インターネットの検索は、問題を解決することは容易にしたが、反面、問題を創造すること、発想することを苦手にしてしまったのかもしれない。
とはいえ、創造力こそが価値の源である、という認識はいまだ変わることなく、いやむしろ、このような時代であるからこそ、創造力が求められているともいえる。発想や創造、また発明の支援については、古くから研究されてきたテーマで、有名なところでは、ブレインストーミングやKJ法、また、特許の分析から生まれた TRIZなどがある。これらの方法論では、一見関係のなさそうな項目や概念を整理したり、組み合わせることで発想・発明のヒントが得られるというところがポイントだ。
また、東京大学の大澤教授らが提唱する 「チャンス発見」 プロジェクトでは、インターネット等の情報から、キーワード間の関連性の変化(予兆)を察知し、ビジネスチャンスの発想をつかむということが目的とされている。さらに、 大阪大学の西原らの研究では、「独創性」という観点の評価関数(*)を定義することで、キーワードの有効な組合せを提示し、創造活動の支援を行うことを目的としている。
(*) 余談だが、Douglas Lenat による AM という数学の概念発見システムが、素数という概念を発見したと報告されたのは実に1977年のことである。 AMにおいても「面白さ」をあらわす評価関数が導入されていたとされている。
これらのシステムでは、インターネット上の情報や組み込まれた知識をベースに推薦を行うものだが、さらに、自由な連想によって発想を広げていくには、より柔軟で対話的なお気楽インタフェースが必要ではないだろうか。
人工無脳インタフェースを持った創造支援
人工無脳には、会話を成り立たせるための(理解と文章の生成のための)基本的なパターンと、知識としてのデータベースが必要だ。知識としては、インターネットコンテンツのアーカイブを解析することにより、最近流行のキーワードや基本的なキーワードの関連性や変化に関する情報を収集することができる。また、ユーザが最近検索したキーワードや閲覧したページ、閲覧時間、さらには、ユーザが編集したテキストや参照したドキュメントファイル、メールの内容などからユーザの現在抱えている課題や興味を推測することができるだろう。こうした情報をもとに、ユーザの質問に応じて情報を提示するシステムは十分に実現性がある。ただしこの際、ユーザの興味や提示された話題と(一般的に)関連が深いものを提示するのでは発想としての意味はない。発想のポイントは組み合わせであるとすると、意表をつく組み合わせほど(はずれも多いが)面白いものが多いだろう。
いうまでもないが、人工無脳には創造力はない。しかし、他愛もない対話というインタフェースを通じて、発想のヒントを与えてもらうこともできるのではないだろうか。ついでにいえば、テキストだけではやはり味気ないので、マルチモーダルなユーザインタフェース(たとえば、法的推論システム Mr.Bengoなど)もまたお気楽インタフェースではあるが、発想力を高まるツールとして期待できるかもしれない。たとえば以下のような具合だ。
無:「Merry Xmas! What can I do for you ?」(楽)
私:「今週締め切りの Take IT Easy に書くネタがないのだけれど」
無:「いきなり悲しい相談ですね。」(悲)
無:「Take IT Easy というと最近は Web2.0 とかマッシュアップとかの話題が多いようですね。最近のあなたの興味だと、空間情報とか個人情報匿名化とかはどうですか。」
私:「ちょっと硬いなぁ。社会的な話題を取り入れるとすると ?」
無:「そうですね。もしかすると面白いかもしれないのは、金融危機とSaaSとか、センサネットワークと占いとか、ウェブコンテンツの信頼性と意思決定とか、発想支援と消費税とか…。あ、でも政治の話は嫌いなようですね。」
私:「発想支援というと最近のニュースは ?」
無:「TRIZの発明法則カードが英語版になったという ニュースがありました。 チャンス発見 もテーマとしては近いですよ。古典的なAIとも関連があるかもしれませんね。」(喜)
私:「なるほど。ところで締め切りに間に合うだろうか ?」
無:「何の締め切りですか ? いろいろな締め切りが迫っていますよ。」(哀)
本文中のリンク・関連リンク:
- 日産NOTE
- メールの文面から恋の行方を占う恋率
- 藤原智美著,「検索バカ」
- 創造的発見手法 TRIZ
- チャンス発見コンソーシアム
- 西原陽子ほか, 有効な組み合わせの発見による創造活動支援,人工知能学会全国大会, 2003
- 法的推論システム(マルチモーダルインタフェース) Mr.Bengo
- ジャストシステム アイデアマスター
- Douglas B. Lenat, The Ubiquity of Discovery, Computers and Thought Lecture (1977年)
- 人工無脳の逆襲(TakeITteasy2001/02/26)