IP電話相互接続試験の意義と課題

来る2006年4月17日から一週間、秋葉原で SIPit18 というイベントが開催される。簡単に言うと、IP電話相互接続試験の国際イベントである。今回はこのイベントの紹介とともに、IP電話相互接続の意義と課題について考えてみたい。

日本で開催されるSIPit18

SIPit (Session Initiation Protocol Interoperability Tests) とは、SIPを実装したネットワーク機器間での相互接続性の確立を目的とし、年間ほぼ2回のペースで開催されているSIP Forum主催の国際的な相互接続イベントである。過去17回はすべて海外で開催されてきたが、18回目にあたるSIPit18は、初めての日本での開催となった。

最近雑誌や書籍などで取り上げられることが多くなったのでご存知の方も多いかと思うが、SIP はIP電話などの P2P アプリケーションが最初にセッション(通信)を始めるときに使われるプロトコルである。その用途の多様さから、インターネットの世界では Web で使われる HTTP に次ぐ重要なプロトコルとして位置づけられている。

SIPit では、自社のSIP製品を使って、他の参加企業のSIP製品との相互接続ができることを確認しあう。うまく接続できない場合には、できる限るその場で原因を追究して、自社製品に不備があれば修正するという作業を繰り返す。

SIPの難しさ

しかし、なぜ SIP 製品にはこのような相互接続試験が必要なのだろう?過去を振り返って見ても、Web の標準プロトコルである HTTP では、少なくとも製品間の相互接続試験を実施したという話は聞かない。基本的には RFC 等で定められているプロトコルにしたがって実装し、それで今の Web 世界は問題なく築かれてきた。いったい何が違うのだろう?

問題は大きく分けて2つある。一つは SIP プロトコルの複雑さと仕様の曖昧さだ。SIP は既存の電話機能をさらに超えて、マルチメディア通信のセッション確立を実現するプロトコルとして定義されている。そのために仕様が複雑になるとともに、細かなところで仕様に曖昧さがあると言われている。その状況下で作られた SIP製品は、時として誤りを含んでいることもある。また、仕様で明確に定められていない部分は、メーカが独自に定めて製品化してしまうケースもままある。

もう一つは、SIP製品普及の急速さと、P2P 通信という特徴だろう。IP 電話の利用は、Web の普及とは比べ物にならないほど急速に進んだ。このため実験的な利用を進めている傍らで、商用利用も同時に立ち上がってしまった。商用利用を始めてしまうと、たとえその製品が標準仕様に則っていなくても、製品寿命が終わるまでは使い続けなければならない。これが Web のようなサーバ・クライアント型のアプリケーションであれば、サーバサイドで互換性を保つこともある程度可能だったかもしれないが、SIP 製品はP2Pでサーバを介さずに通信するため、互換性のなさを吸収する受け皿がなかった。

SIP相互接続試験の意義

上述のような SIP の難しさを解消するために、SIP相互接続試験は多くのメーカが参加して実施されてきた。SIPit のような国際イベントのほかにも、日本でもVoIP/SIP相互接続検証タスクフォースVoIP推進協議会日本VoIPフォーラムなどが、各メーカや ISP などの協力のもと、SIP製品の相互接続性の確立に向けて努力を重ねてきた。

日本は、世界的に見ても IP 電話が大変普及している国だといえる。コスト削減を目的として企業が IP 電話導入に熱心なこと、家庭向けブロードバンドを利用した IP 電話サービスが早期から充実していたこと、次世代電話網を IP 電話技術で実現することがすでに規定路線となっていることなどを見ても明らかだろう。しかし現状を俯瞰すると、たくさんの IP 電話の島があり、それらを旧来の PSTN(公衆交換電話網)で繋いでいるというのが実情である。企業のIP電話は企業内での接続にとどまり、家庭向け IP電話も、ISP が異なると PSTN 無しでは繋がらない。

この IP電話の島たちを IP で繋ぎ合わせるために、SIP 相互接続試験はこれまで続けられてきた。多くのメーカが経験を積んできたこともあり、技術的な課題は次第に解消されてきている。電話といえば IP 電話を意味する時代も、それほど遠くないことだろう。

SIPビジネスの課題

ところで、インターネットで IP 電話といえば、Skypeを思い浮かべる方が多いかもしれない。Skype ユーザ同士の通話は無料だし、低価格の料金を払えば PSTN ゲートウェイを介して一般の電話とも通話できる優れたサービスである。しかし、残念ながら Skype は SIP ではない独自プロトコルを使っている。

ブロードバンドサービスとともに一気に個人ユーザを獲得した Yahoo のIP電話(BBフォン)も SIP を使っていない。

企業が従来の電話交換機(PBX)の代替として導入を進めている IP 電話は、SIP 対応のものが多い。しかし同一建物内や拠点間を結んだいわゆる「内線」としての利用が主で、他社との接続は依然として PSTN を介しているケースがほとんどだ。他社との接続をしないのであれば、目的とする機能さえ実現できれば、標準化されていない SIP プロトコルのままでも構わないという考え方も出てくる。

このように、IP電話の世界は、技術だけではなくサービス提供という「ビジネス」が背後に控えているため話がとてもややこしくなる。相互接続試験を経て技術の標準化が進められたとしても、ビジネスとしては「標準化せずに先にユーザを囲い込んだほうが勝ち」となる可能性も大いに秘めている。

しかし、長期的に見た場合、エンドユーザの利益や利便性を考えると、特定企業が独占的にサービスを提供するのではなく、多くの企業が標準化された技術で相互接続を実現したほうが良いと筆者は考える。Web 同様、IP 電話は今後なくてはならないインフラになるだろう。そのとき、エンドユーザに提供されるサービスは、多数企業の競争のもと、適正価格で提供されるべきだ。また、そのような標準化環境にあればこそ、新興企業が音声以外の新しいサービスを提供する余地が生まれるというものだ。このような環境づくりの源泉となる相互接続試験に、筆者も及ばずながら協力してゆきたいと思う。