どこまで行っても次世代コンピューティング

「○○○コンピューティング」という言葉を何度となく聞いたことがあるだろう。 最近ではユビキタスコンピューティングやグリッドコンピューティングという名前をよく目にする。 コンピューティングとはハードもソフトも含む“情報処理の方式”の総称であり、 毎年のように新たな次世代コンピューティングが提唱されている。 そして、あるものは消え去り、あるものは日常化した。 2003年の新年にあたり、 代表的な次世代コンピューティングの系譜を振り返り、 最近流行の次世代コンピューティングを紹介しよう。

脈々と受け継がれるスパコン、失敗を繰り返すAI

まずは「スーパーコンピューティング」である。 30年前には既にこの言葉はあったように思う。 目標は大規模な数値計算をとにかく高速に計算することである。 今は亡きCRAY社を始め、 日本の大手メーカも揃ってスパコン開発を競争繰り広げた。 コンピュータと言えば計算であった時代の話だ。 現在はハイパフォーマンスコンピューティングと呼ぶことが多いようだ。 昨年世界最速となった地球シミュレータの環境予測を含め、 数値計算のニーズはまだまだ根強い。 スーパーコンピューティングは過去から未来まで、 コンピューティングのスタンダードである。

もうひとつ、コンピュータの知能化というのも40年来の課題である。 だが時代と共に言葉は変遷してきた。 1980年代に脚光を浴びたのが「AI = 人工知能」である。 論理学をベースとする「ロジックコンピューティング」や、 ニューラルネットワークを利用した「ニューロコンピューティング」 など、ほとんど忘れ去られた感がある。 第5世代コンピュータや超並列コンピュータもあったが、結局一過性のブームに過ぎなかった。 1990年代に入るとAIブームも去る。 現実世界を認識しようという リアルワールドコンピューティングが日本から提唱された。 細かいところでは進化するコンピュータを標榜した「創発コンピューティング」もある。 しかし、これらも知っている人は少ないだろう。 知能化はスーパーコンピューティングとは逆に敗北の歴史なのである。

パーソナル、モバイル、そしてインターネット

高速化や知能化がコンピュータ自身の性能を向上させようというものだった。 一方、コンピュータの使い方に着目したコンピューティングの世界もある。 1980年代に革命を起こしたのが「パーソナルコンピューティング」である。 それまで一人一人がコンピュータを所有するなど考えられなかった。 それが今や「モバイルコンピューティング」と称して持ち歩く時代になったのだ。 この小型化トレンドは成熟しつつあり、 ちょうど次が求められている時期ではなかろうか。

そして過去20年の最大のヒットは「インターネットコンピューティング」だろう。 技術的には、シンプルな地球的分散ネットワークの上に、 サーバ−クライアントでコンピュータを接続したことである。 特にユーザインタフェースをすべてウェブブラウザにしたことが大きな変革をもたらした。 これを「ウェブコンピューティング」と呼ぶこともある。 このネットワーク化はコンピューティングトレンドの本流の一つであった。

2003年の注目株はユビキタスとグリッド、自律と分子は少し先

過去の次世代コンピューティングの駆け足で振り返ってみた。 さて現在はどうであろう。 実は、コンピューティングを高速化、知能化、小型化、ネットワーク化の4つに分類したのには意味がある。 これらいずれにも後継者たる次世代コンピューティングがあるからだ。

高速化の最先端には 分子・量子コンピューティングがある。 ナノテクノロジーによって論理回路を分子レベルにまで微細化し、 現在の数千倍の計算能力を実現しようというのが分子コンピューティングである。 一方、量子コンピューティングは量子効果を利用し、 暗号解読等を超並列で計算しようというものである。 まだまだ実験室レベルであり今後10年間はホットトピックでありつづけるであろう。

知能化では2000年頃から 自律コンピューティングという言葉が登場した。 もっとも以前の人工知能に比べれば、その目標はかなり控え目である。 コンピュータが提供する機能はそのままに、 故障を自ら発見して自己修復したり、 自分でチューニングして性能を向上させたりすることである。 IBMが中心となって提唱しているが、 今後はサーバベンダを中心に流行語になるかもしれない。

小型化(とネットワーク化)を究極に押し進めようというのが 「ユビキタスコンピューティング」である。 家電製品から建物・道路等のインフラまで、あらゆる所にコンピュータが存在し、 どこでもネットワークにつながるのがユビキタスコンピューティングである。 昨年、総務省がユビキタスネットワークの調査報告書を公開した頃から、 日本でもユビキタスが知られるようになった。 トロンやIPv6もユビキタスを掲げ、2003年も注目株である。 ただし、2003年はまだまだイメージ先行で実体無しという可能性も高い。

最後に、インターネットを通じて大規模なネットワーク化を図るのが グリッドコンピューティングである。 宇宙電波を解析し知的生命体を発見しようという SETI@homeや、 インテルの白血病の最適治療薬の探索プログラムが有名である。 国内ではNTTデータが2002年12月に実証実験(セルコンピューティング)を始め、 実用化は間近に迫っている。 ただし、グリッドをスパコンと同様の高速化技術と見るのは一面的である。 真の目標はインターネットを通じたコンピューティング資源の再配分であり、 本来は高速化よりも利便性に重点がある。

何々コンピューティングというのは単なる言葉に過ぎない。 しかし、目指すところを分かりやすく共有するという意味がある。 とはいえユビキタスにしてもグリッドにしても、 単なる字面でイメージしただけでは誤解を招きがちである。 本コラムでは、流行語の裏にこめられた研究者達の真の意図を正しく分かりやすく伝えてゆきたいと思う。