人生100年時代にこそ「お殿様AI」

最近旧家の邸宅を訪れるのが楽しみである。三菱といえば湯島の 旧岩崎邸、江戸東京たてもの園に移築された三井八郎右衞門邸。お気に入りは駒場の旧前田侯爵邸。加賀百万石の大大名前田家当主の自宅である。凝った意匠の建物はもちろん、素晴らしい調度品や、美しい庭園など見所がたくさん。

お殿様には多数の使用人が仕えていた

明治末から昭和初期、お殿様の暮らしの一端が垣間見られる。家族の生活を支えたのが使用人たち。家族の部屋には呼鈴があり、ワイヤーで使用人部屋に伝わるようになっていた。男性は、家令を筆頭に、料理人、運転手、下男。 女性は、女中頭、乳母、仲働き、小間使い、子守、下女。20人以上が働いていた邸宅もあったようだ。華族や豪農では、加えて庭師、大工、医師も抱えていたとか。

厳然たる階級社会を物語っている。しかし、当時は文明開化から産業革命の真っ只中。農村から都会に出てきた人々の仕事を作り、あるいは戦争寡婦を経済的に支援する、という富の再分配機能を果たしていたのも事実である。また、女性使用人に対しては花嫁修行に加えて結婚紹介の機能も担っていた。

テクノロジーで代替され続けた家事労働

当時は中流家庭でも1人2人の家政婦を雇うことは珍しくなかったようだ。しかし、戦後に入り、女性の人権意識や進学率の向上に伴い、住み込み女中の供給が減少して、使用人は急速に減少していった。女中供給の減少に加えて、多くの家事労働がテクノロジーで代替されたことも大きな理由である。

最初のテクノロジーは、電気・ガスのエネルギー革命。かまどでご飯を炊くだけでも、薪を運ぶ/割る、火を付ける/調節する、灰を片付ける/捨てにゆく、といった家事労働が大きな負担であった。炊飯器ならボタン一押しで炊けてしまう。大革命であった。さらに、家電の三種の神器といわれた冷蔵庫と洗濯機は、炊事と洗濯を画期的に省力化させた。蛇口を捻れば水が出るのも電気ポンプの普及があってこそ。水汲みという重労働から解放した。

高度成長期に核家族の広まりと相まって、4~5人家族なら主婦一人でも家事労働を担えるまでに、テクノロジーの普及が進んだ。

進み過ぎるセルフサービス

21世紀に入ると共働き世帯が急増する。さらなる家事労働のテクノロジー代替が必要となってきた。最新の三種の神器とは、ロボット掃除機、全自動洗濯乾燥機、食器洗い機だそうだ。特に共働き世帯の家事の時短に焦点を当てたニュー家電達である。

加えて、家事労働を削減する様々なサービスの登場が後押しする。買物時間を無くすネット通販、調理不要の食事デリバリー。 いずれもテクノロジーの恩恵を受けたオンラインサービスである。

テクノロジーが進み、なんでもかんでも一人で短時間にこなせるようになってきた。使用人が仕えた時代には、ごく少数のお金持ちだけが享受できた便利さである。テクノロジーの助けを借りた「セルフサービスの時代」と呼べるだろう。

残された名もなき家事と育児を解決する「お殿様AI」

炊事・洗濯・掃除では、家電が進化して、あるいはネットサービスが充実して、ますます便利になり時短が進む。確かに便利になってゆくが、共働きで子供が増えれば、まだまだ生活家事は大きな負担であり続ける。残された大課題は 「名もなき家事」と「育児」。

洗濯のうち洗浄は自動化されたけれど、干す・取り込む・アイロン・畳む・仕舞うは依然として手作業である。それだけではない。洗濯機のくず取りネットのゴミを捨てる。布団に洗ったカバーをかける。雨上がりに物干し竿を拭く。見つからない片方の靴下を探す。等々、家電ではカバーできない「名もなき家事」が数多く残っている。

「育児」については言うまでもない。むしろ家電化された家事はほとんど無いと言ってよいだろう。とはいえ育児にも毎日のルーティンタスクが多いことも事実である。

使用人がいれば、名もなき家事も育児も大部分を人任せにできた。家電やネットサービスではお殿様にはなれないのである。

だから必要なのは「お殿様AI」(正確に言えば「使用人AI」)。名もなき家事も含めて、洗濯なら洗濯全体を任せられるロボットである。洗濯ロボットに必要なのは、柔軟なロボットハンドと、多様な状況を認識して正しい動作を計算する汎用的な機能を持つAIである。まだまだ技術ハードルは高い。洗濯モノ自動畳み機だけでも、ランドロイド社は結局完成できず倒産し、 米Foldimateも発売時期は遅れている。朗報もある。日本のトップAIベンチャーPreferred Networksは、最先端の深層学習技術を応用した「全自動お片付けロボットシステム」を開発した。

人生100年時代、仕事に趣味に学習に、思う存分取り組む時間が必要である。いつの日か発売される「お殿様AI」ロボットを買えば、家事労働から真に解放される。私の老後は、お殿様AIに囲まれ家事を任せ、大好きな史跡巡りに邁進する充実したシニアライフを送っているだろうか。それともボケ防止にあえてアナログなロハス生活を送っているだろうか。