日本の電子政府構想を加速するための3つの視点

電子政府を推進しているエストニアが、2019年6月に電子政府のソースコードを公開して話題となった。「Government as a Service (GaaS)」とも言われる電子政府の構想には大きな設計思想があり、また先進技術の活用で分野をリードしている。一方、日本では2019年5月に「デジタル手続法」が成立し、電子政府に向けたユーザー起点での検討の動きも見られるが、構想・技術導入ともに出遅れている。一体どのような違いがあるのだろうか。

エストニアが電子政府を可能にした歴史的経緯と技術開発

小国エストニアがIT先進国として電子政府の実現に至った背景には、歴史的背景、地理的要因、政府の方針などの要因がある。まず、かつて東欧社会主義国の1つとして経済相互援助会議COMECONのIT産業を担い、サイバネティックス研究所などの最先端技術研究の蓄積と技術者がいた。そして大国ロシアの脅威から再び領土を失う危機感を常に共有していたため、侵略されてもデータさえあればインターネット上で国家を再生できる仕組みの構想に至る。ソ連崩壊による独立後の、限られた人員で国全体にサービスを提供する必要性も後押しし、現在の電子政府の構想が実現した。運用に至っては、隣国フィンランドの経済・技術・教訓の活用や、政府による積極的な法令の整備と技術導入によって、基本思想の一つである透明性が徹底されたガバナンスの仕組みが実現した。

そして、それらガバナンスの仕組みを可能にしたのが、先端IT技術の導入である。分散されたデータベースをセキュアに連携させる情報基盤連携システム「X-Road」や、ブロックチェーンを利用してセキュアで追跡可能な情報連携を可能にする技術「KSI (keyless signature Infrastructure) blockchain」などが、その代表例である。

重要なのは技術の背後にある設計思想

国家のシステムに先端IT技術が導入されていることも特筆すべきことだが、これらの技術が開発された背景に、より重要な視点がある。エストニアは電子政府の方針として、e-governance原則を公開している。定められている7項目(Decentralization, Interconnectivity, Integrity, Open Platform, No legacy, Once-only, Tranceparency)は、システムの設計思想であると同時に、制度の設計思想である。大きな特徴は、これらの原則が全て、利用者の視点に立って定められていることだ。これらの原則を制定し公開しているからこそ、そしてテクノロジーを背景に遵守しているからこそ、信頼に足るシステムとして利用者=国民に受け入れられている。電子政府構想は、決してテクノロジーだけで成立しているわけではない。

翻って日本はどうだろうか。2001年から始まったe-Japan構想は、2000年から始まったe-Estonia政策とほぼ時期を同じくしている。しかし現在も、基本原則や先進技術を用いたシステム開発など、エストニアを参考に動きを見せ始めた段階であり、大きく後塵を拝している。冒頭で述べた「デジタル手続法」の事例でも、エストニアの基本原則と比較して、「透明性」など重要な概念が失われている。実証事例も、個別の施策に留まっているという印象が拭えない。

スピード感のある検討推進が必要

日本が電子政府構想を加速する上での課題は何か。多くの国で類似の構想が立ち上がる中、日本が後塵を拝しているのは、検討・実装スピードの欠如が原因ではないか。そしてそれは、次の3点が障壁となっているように思われる。

(1)大規模なレガシーの存在
日本国内の大規模なレガシーの存在が、エストニアと比較して真っ先に挙がる課題だ。これは比較的小規模な領域に限定して、対処していくしかないだろう。地方や自治体から始めるのが一案だ。

(2)UI/UX設計の軽視
また、UI/UX設計の軽視が、構想の遅れにつながっていないだろうか。日本には煩雑な行政手続きがあり、関係者も多い。業務プロセス自体の見直しは必須だが、複雑な行政手続き全体を一気に再構築するのには、膨大な時間を要する。まずは小規模でも重要度の高い複数のサービスに限定し、相互連携を含むシンプルな全体像を描き、利用者に届くサービスとして形にすべきだ。インフラの仕組みは、他国の先進事例を活用しつつ、具体的なUI/UXの構想から始めるべきではないか。手触りのある形で実現することで、検討や構想自体へのフィードバックが期待でき、また社会的な意識の醸成も進むだろう。

(3)民間への権限移譲の不足
そして、これらの検討をスピード感を持って取り組むにあたり重要になるのが、民間への権限移譲(民間主導で検討する仕組みの導入)だ。他国の電子政府の歴史的経緯を見ても、エストニアのサイバーセキュリティにおけるホワイトハッカーの活用や、フィンランドのAurora AIと呼ばれるチャットボットのプラットフォームなど、民間主導を前提とした実績や構想が数多く存在する。日本でも、データとAPI連携の仕組みを整備することまでを政府が担い、その先のサービス化は民間の競争に任せたい。大規模なレガシーや煩雑な行政手続きが存在する日本では、スタートアップや市民を含めたオープンイノベーション、開発のエコシステムを実現できるかが重要になるだろう。

上記の障壁を解消する過程では、挑戦できる環境や、失敗を許容できる文化も欠かせない。最終的には、レガシーを捨てる意思決定、行政手続きの刷新と電子化、プラットフォーム標準化と民間主導でのサービス改善に帰結することを期待している。