VR/AR広告にみる幼年期の終り

VR/ARに関連する市場規模は、全世界で2019年には204億ドルに達すると見られている。国内でも順調な市場成長を見せているほか、現在個別に作られているデバイス・アプリ間のインタフェースについても、OpenXRという仕様で標準化の取組が進んでおり、さらなる市場の拡大が見込まれる。

しかし一方で、VR/AR事業には多大な投資が必要であるにもかかわらず、その費用回収がうまくいかずに市場を撤退する企業が多いのも事実である。今回はこの費用回収の仕組みとして有望視される、VR/ARコンテンツの中で行われる広告(VR/AR広告)に焦点をあててみたい。

VR/AR広告ならではの形態が模索されている

いうまでもなくVR/AR広告という仕組みがあれば、単純なVR/ARのハードやコンテンツの販売以外に、広告収入や他のコンテンツの購入への誘導など、費用回収の機会の幅が広がる。

VR/AR広告はこれまでも様々な実例があったが、テレビCMの複製をVR/ARコンテンツの途中に挟んだり、通常のパソコン向けのバナーを単にVR/AR広告として映したりしたものが多かった。しかし、VR/AR技術自体が成熟してきたほか、5G通信サービスの開始が眼前に迫り通信容量の制約も格段に減ったことで、VR/AR広告ならではの形態が模索されている。

まず挙げられるのは、VRの没入感をそのまま活かした360°動画広告だ。例えば、Immersv社では“Let Hawaii Happen”等のVR広告プラットフォームを提供しており、国内外の企業に広告提供を行っている。没入感を活かした広告は、通常の動画広告と比べてスキップされることが少なく、実際の購入に至る割合が非常に高いとされている。

また、VR/ARにおけるユーザの没入感を、なるたけ邪魔しないかたちの広告を志向するサービスも存在する。Adverty社は、VR空間内のユーザの行動をトラッキングし、没入感を邪魔しないようにさりげなく広告を表示するサービスを提供している。また、Googleは、VR/ARコンテンツ内のキューブ状のオブジェクトにユーザの注視や触れる操作があると動画広告が開かれるタイプの広告を提案し、開発者向けの環境を提供している。個人的には、VR/ARの目新しさが薄れれば、このようなさりげない広告のほうが好まれるのではないかと感じる。

さらに、現物の商品では示しにくかったプロモーションをARを使って行う事例が増えている。IKEA Placeでは家具のお試し配置がARで気軽にできる。BMWのショールームでは、タブレットをかざすことでエンジンの内部機構を紹介するプロモーションが展開されている。いずれもARの特性を活かしたプロモーションと言えるだろう。

VR/AR広告料の獲得の肝は“視聴率”の再定義にあり

広告料を支払う側としては、より精緻に投資対効果を測れる対象に集中して投資したいだろう。VR/AR市場に広告費用として資金がより流入してくるためには、VR/AR広告自体の斬新さのみならず、その広告の効果を測る指標としての視聴率を再定義することが必要になってくる。

VR/ARコンテンツ内のユーザ体験は多岐にわたるため、ユーザをマスで捉えることはできない。既存広告よりも一層、個々のユーザにパーソナライズした広告提供が主流となり、マス向け広告は陳腐化するだろう。それに伴って、広告を載せた媒体の視聴数をカウントすればよかった時代から、広告そのものへのユーザの様々な行動を直接測らなければならない時代になる。

つまり、VR/AR広告に対するユーザの行動について、多様なトラッキングが必要となってくる。単なるクリックするしないだけではなく、広告をちら見しただけなのか注視したのか、または触ってみようとしたのか。ユーザの広告への注目度が実質的な広告効果を測る要素となってくるだろう。

こうなると、VR/AR広告という提供形態の目新しさだけでなく、いかに客観性高く定量的な裏打ちのある広告効果を示せるかが、VR/ARの広告料を獲得する肝となるだろう。その意味で、VR/AR広告プラットフォーマーの主戦場が、VR/AR上のユーザ行動のトラッキングおよびそのデータ分析に移ってくる可能性がある。

XR-tuberと新たな巨大プラットフォーマーが登場する!?

現在勃興期にあるVR/AR広告だが、よりもう少し先の未来を考えてみたい。VR/ARデバイスが普及し、コンテンツ作成技術もコモディティ化した未来だ。

個人間のVR/ARコンテンツの流通が盛んになれば、企業のVR/AR広告の提供先は、大手メディアのVR/ARコンテンツではなくなるのではないだろうか。個人が作るVR/ARコンテンツから企業のVR/AR広告がAPIとして呼び出され、個人間の口コミ(もはや口コミと言えないかもしれないが)で広まっていくインフルエンサーマーケティングの形態が主流になってくるはずだ。

個人間のVR/ARコンテンツの流通が盛んになるためには、例えば、360°カメラで撮影した動画からVR/ARコンテンツを作成するツールや、VR/ARコンテンツ内の物体を自動認識して適切な広告を紐付けるプラットフォーム、さらにそれらでマネタイズする仕組みが必要だ。それらを一般の人でも容易に使えるようになれば、動画におけるYouTuberのように、VR/ARの投稿を生業とするXR-tuberが大勢現れて、個人間のVR/ARコンテンツの流通は加速的に増えるだろう。こうなると、マスを対象にした画一的な広告から、個人間のVR/ARコンテンツ流通に付随する広告やユーザ行動にインタラクティブに反応する広告に、比重が移っていくのではないだろうか。

一方で広告業界に目を向ければ、VR/AR作成環境を一般ユーザに提供できる企業が、業界で力を増していくと考えられる。VR/AR広告では、VR/ARコンテンツ内のユーザ情報の取得が重要である。そこで、個人間のVR/ARコンテンツ流通が可能なプラットフォームを早々に用意し、VR/ARならではのユーザ情報を大量に集められた企業が、VR/AR広告でも勝利するだろう。VR/AR広告の効果が高くなればなるほど、広告業界の勢力図が変貌し、新たなゲーム・チェンジが起こりうる。

テレビCMのような特定のメディアを皆がほぼ同じ場所・タイミングで見ることを前提とした時代を広告の幼年期とすると、その時代はVR/AR広告の普及により終焉を迎えるだろう。大規模メディアの合間に広告を挟む時代から、個々人の体験の中に広告が埋め込められる時代へ。そのような次の時代の広告の姿はすぐにやってくるのかもしれない。