量子コンピュータの活用は従来型コンピュータとのハイブリッドで

量子コンピュータの実現方式には、大きく分けて量子ゲート方式と量子アニーリング方式が存在する。このうち、現在すでに実用化されているのが後者の量子アニーリング方式だ。

量子アニーリング方式により短時間に解くことができると知られている代表的な問題は、「組合せ最適化問題」の一種である「巡回セールスマン問題」と呼ばれる問題である。これは、複数の地点を訪問する際の最短経路を求める問題であり、配送トラックや倉庫内の無人輸送機のルート効率化など、実際の業務に役立てることができる。

(以下、「量子コンピュータ」と記載した場合、量子アニーリング方式の量子コンピュータを指しているものとする。)

量子コンピュータはITシステムにどう組み込めるか?

量子コンピュータを実際の業務で使用するITシステムで活用する場合、具体的にどのようなシステム構成になるだろうか?

結論からいえば、そのITシステムは従来型コンピュータを主体に構成され、一部の計算機能だけが量子コンピュータに任されることになるだろう。その際、量子コンピュータの計算資源は特定の問題を解くことに特化したクラウドAPIの形で提供され、時間単位で課金されることになることが想定される。

その理由は3つ。(1)量子コンピュータの稼働率、(2)従来型コンピュータの経済性、(3)量子コンピューティングエンジニアの希少性、である。

理由その1:量子コンピュータの稼働率

そもそも量子コンピュータ自体が、現時点では非常に高額だ[1]。また演算素子内の量子を制御するために絶対零度に近い温度に冷却しておく必要があり、その電気代や専用エンジニアが必要な運用体制に多くのコストがかかることは想像に難くない[2]。

そこで、量子コンピュータに対してできるだけ過密に計算タスクを投げ続け、高稼働率を保っておくことが望ましいが、一般的な一企業だけでそれだけのタスクが用意できるとは想定し難い。従量課金で計算資源だけが販売されるという形態が現実的である。

例えば、すでにD-Wave社では、量子コンピュータ「D-Wave 2000Q」を実行できるクラウドサービス「Leap」を公開している。これはまさに、量子コンピュータの計算資源を複数者で共有する仕組みである。

理由その2:従来型コンピュータの経済性

例えば、小売店での商品販売システムで、1レコードをデータベースに書き込む処理を考えてみよう。昔からコンピュータで処理されてきたこのようなタスクは、従来型のコンピュータでもすでに十分に高速化されている。現在0.01秒かかっている処理を、コストのかかる量子コンピュータを用いて0.000……1秒に改善したとして、それがビジネス上重要な改善ではないことは容易に想像できる。

したがって、システム全体は従来型のコンピュータで構築し、特定のタスクだけを量子コンピュータに肩代わりさせるシステム構成が、最も合理的・経済的である。

理由その3:量子コンピューティングエンジニアの希少性

例えばトラックの運送ルートの最適化といった問題を量子コンピュータで解く場合、問題を量子コンピュータが解ける形式として定義する必要があり、そのためには量子計算や量子アルゴリズムに関する知識が必要である。一方、現時点では、量子コンピュータを扱えるエンジニアの数は少なく、解きたい問題を潜在的に抱えている企業の需要を十分に満たせるほどのエンジニアがいるとは考えがたい。

そうなると量子コンピュータは、まずは特定の問題を解くことに特化した量子アルゴリズムをサービス化して、それをAPI経由で提供することになるだろう[3]。

量子コンピュータと従来型コンピュータのハイブリッド・コンピューティング

実は、量子コンピュータに課題を投げる問題の整形、順番待ちなどの制御、ユーザーへの表示など、ITシステムなら必ず存在するような汎用処理は、そもそも従来型コンピュータにしかできないことが知られている[4]。

したがって、現実的な時間では解けなかった計算タスクのうち、特に「巡回セールスマン問題」のような特定課題のみを量子コンピュータに任せることが、最も利益が大きく計算コストが減るため、経済合理的であろう。

このように考えると、従来型コンピュータは依然としてITシステムの主軸であり続け、量子コンピュータはその一部を加速する役割を担うようになる。こうしたハイブリッド・コンピューティングの形が、しばらくは一般的な量子コンピュータを活用したITシステムの形となるだろう。

  • [1] 2017年の情報ではあるが、D-Wave 2000Qは1,500万ドルで販売されると発表されていた
  • [2] ただし一方で、量子コンピュータの電気代は年間25,000ドルで済むといわれ、スーパーコンピュータの電気代と比べると、圧倒的に量子コンピュータの方が安価である。スーパーコンピュータより計算が圧倒的に速い上に電気代も安いとなれば、計算タスクあたりのコストは破壊的に低下するだろう。
  • [3] これは、例えば音声から文字起こしを行うAPIのように、特定の入力(音声等)を与えるとAPI側で予め決められた処理が実行されて、文字起こしの結果が返ってくる、という関係に近い。量子コンピュータのユーザーは、量子コンピュータに直接命令を与えるのではなく、APIを経由して間接的に計算タスクを投げるという関係である。
  • [4] 特定の問題を解くことしかできない量子アニーリング方式とは異なり、量子ゲート方式は従来のコンピュータと等価な処理も実行できるといわれている。もしも量子ゲート方式の量子コンピュータが実用化され、そのコストが安くなれば、従来型コンピュータを代替することになるかもしれない。