モバイルアプリの活用で医療に「治し方改革」を

近年のデジタル化の促進によって医療の在り方が変わりつつある。実体のある治療行為や薬の処方だけでなく、スマートフォンのアプリを通じて治療を行うなど、実体を伴わないデジタルな医療の形が登場している。本稿ではデジタル医療の一つの形態であるデジタルメディスン・治療用アプリについて取り上げる。

モバイルアプリを通じて治療の効果を高める

スマートフォンなどのモバイル端末を医療に活用することをモバイルヘルス(mHealth)と呼ぶ。なかでも近年、国の機関から医療機器として承認された「デジタルメディスン」や「治療用アプリ」に注目が集まっている。

デジタルメディスンは患者の状態をセンサーで計測し、モバイル端末を用いて適切な経過観察や医療指示を与えるものである。大塚製薬とプロテウス社が開発したAbilify MyCiteは2017年11月、世界初のデジタルメディスンとして米国食品医薬品局(FDA)の承認を受けた。Abilify MyCiteは薬の中に極小センサーを内蔵したもので、患者が正しく服薬できているかモニタリングすることができる。

また、治療用アプリはソフトウェア単体が患者に対して治療効果を与えるものだ。2010年に糖尿病患者の経過観察・ガイダンスアプリBlueStarが治療用アプリとして初めて米国FDAに承認された。アプリによって適切に食事指導や血糖値記録を行うことで、従来のケアの2倍の改善効果が得られたという結果が出ている。

通常の医療では退院後の患者の状況を追跡することは困難であるため、薬の服薬状況や血糖値の管理は患者個人に委ねられる。その結果、医師の指示に従わない患者が再入院して、医療費や医師の負担の増加につながっている。患者の行動を追跡し、症状改善の行動を提示するデジタルメディスンや治療用アプリは新しい医療の形といえるだろう。

オープンイノベーションで技術開発を加速

日本でもデジタルメディスンや治療用アプリ開発の動きが活発化している。2014年11月に施行された薬機法において、ソフトウェア単体も「医療機器プログラム」として医療機器承認を受けることが可能となった。まだ国内で承認を受けたものは存在しないが、治療用アプリ開発を行うCureAppはすでに臨床試験を始めており、2019年中の承認に向けて動いている。

日本のデジタルメディスン・治療用アプリ普及への課題は、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の承認にかかる「時間」と臨床試験にかかる「コスト」にある。海外で臨床試験済みの医療機器であっても、国内の検証基準に基づき再度臨床試験を行う必要がある。この問題が医療機器承認の遅れ(デバイスラグ)と臨床試験コストの負担増に繋がっている。

承認にかかる時間については厚生労働省の医療品医療機器制度部会の中で平成30年から薬機法の見直し検討が進められており、その結果は「薬機法等制度改正に関するとりまとめ」に整理されている。資料中でも「情報技術を活用した適時適切な使用状況・副作用情報等の収集・分析や安全情報の提供等は安全対策の充実に貢献しうる。このような技術が日本に円滑に導入される環境を整えることが求められる。」と、デジタル医療の導入促進にむけた環境整備について明記されている。今後の薬機法見直しの中でどのように変更が加えられるかに注目したい。

一方、臨床試験コストの問題から、AIやIoTの分野で技術を持っているITベンチャー企業がなかなか医療機器業界へ進出できていない課題もある。今後は、臨床試験や承認手続き、開発コストの面でサポートできる大学病院や大手企業が、技術を持つベンチャー企業と手を組み、オープンイノベーションで開発を加速していくことが重要だ。

治療を意識しない暮らしへ

デジタルメディスンや治療用アプリの登場は医療をどのように変えるだろうか。例えば、「2016年 医療ICTに関する意識調査報告書」のなかで、生活習慣病の治療中断理由は「通院の手間」、「仕事や家庭環境の変化」、「費用の負担が大きかった」、「症状が軽く、治療の必要がないと思った」が上位にきている。費用負担面を除けば、治療を成功させるためには、いかに医療にかかる時間や手間をなくすか、治療を面倒だと感じさせずに継続させるかが重要といえる。この点を補助するのがデジタルメディスンや治療用アプリの役割だ。

治療の手間、面倒くささをどこまで減らせるかという点に焦点を当てると、現在のセンサー錠剤を用いた薬の飲み忘れ防止や、生活習慣改善のためのガイダンスアプリにはまだ改善の余地がある。次に登場するのは「治療を意識させない」医療ではないだろうか。薬を飲む、食事を管理する、運動をするなどの意識的な治療行動をアプリからの指示で患者に実施させるのではなく、普段通りの生活の中でいつのまにか治療を行うことができないだろうか。例えば、薬の成分を含んだ食事が3食配達され、食べるうちに治療されているといった形だ。もしくはポケモンGOのように、ゲームを楽しむなかで患者に対して必要な運動をミッションとして与え、レアアイテムなどの報酬を付けるという形もあるだろう。患者は意識せずに生活を行い、その裏で正しく治療が行われているか計測し、医師が次の治療方法を決定する形が次世代のデジタルメディスン・治療用アプリになるのではないだろうか。

意識させない医療を支える技術も登場している。近年ではスマートウォッチのようなデバイスで常時バイタルサインを計測し、遠隔でモニタリングすることが可能である。またAIを用いれば取得したデータに異常な値がでていないか常時監視することもできる。技術の支援を受けることで、一人の医師でも多くの人に遠隔で治療を行うことが可能になるだろう。 治療を意識しない暮らしは着実に現実になりつつある。本人や家族の日常生活を壊さず、無理のない暮らしの中で病気を治して健康を維持し続けられる将来に期待したい。