分散技術時代にフロンティア精神のバトンをつなげ

ブロックチェーンをベースとしたスマートコントラクトなどの分散技術は、これまでのビジネスを激変させるものとして注目されている。ビジネス上の要求と技術のギャップはまだまだ多く、取り組みの多くは試行段階であるが、ITサービスの今後のフロンティアとなる可能性がある。

スマートコントラクトとは

スマートコントラクトとは、一言で言うと、契約で定められる取引内容をプログラムで表現し、その契約内容の保管や、履行の条件確認や実行を自動的に行わせる仕組みを指す。

このような仕組みに対応する部分は、これまでは特定の権限が与えられた人や機関の所定の認証プロセスを経て行っていた。例えば、保険の支払いでは保険会社、決済の仲介では金融機関がそれを担っている。しかし、分散環境で特定の認証機関を必要としないブロックチェーン上でこれが実行されれば、既存の様々な業務が省略化または効率化されると期待されている。

近年では、実証実験や仮想通貨上での実装など実用化に向けた取り組みがなされており、金融保険業のほか、電子カルテといった医療や人材の資格認定、不動産登記手続き自動化など、応用先も多岐にわたっている。

固定的なヒト・モノの量からアーキテクチャの質に投資が移行する

スマートコントラクトが社会に実際に適用される段階では、様々な変化が強いられるだろう。業界によっては大きなプレーヤチェンジが起こる可能性もあるが、特に許認可が必要な法規制の強い領域では、既存プレーヤの業態の変化から始まっていくはずだ。ここでは特に、スマートコントラクトを含めた様々な分散型アーキテクチャが主流となる時代に、ITマネジメント分野で求められる変化に着目してみたい。

まず大きな変化として挙げられるのは、既存サービスを支えるITインフラ(関連人員も含む)にかけるコストが見直される点であろう。例えばスマートコントラクトを利用すると、クラウド基盤を用いて集中処理を行い、ITオペレータがその結果に基づき契約の履行を担保するといった仕組みは、極論を言えば不要となってしまう。もちろん、各種契約には「妥当な範囲で」や「社会倫理に照らして」といったコード化しきれない基準はあるものの、AI等の活用によりそのコストは極限まで下げられるだろう。

現在、サービス維持のために必要となる固定的ITインフラのコストは、非常に大きな割合を占めている。フォグ/エッジコンピューティング・省人化により、特定の拠点・ハード機器や人員の維持コストが解放され、新たなIT投資のあり方が現れるはずだ。

単純な処理リソースの多寡ではなく、サービス内容に適した分散処理アーキテクチャを如何に設計できるかが、サービスの良し悪しを決める。IT投資の主戦場はこの設計部分に移行するはずだ。無限の形態がありうる分散処理アーキテクチャをしっかりと見定める目利き力が、今後のIT投資では必要となってくる。

IT人材・体制の再構築に内製回帰と合従連衡が不可欠

スマートコントラクトが普及すると、サービスを提供するためのソフトウェアの実装のあり方も変化を強いられる。スマートコントラクトによりサービスを動かす仕組みそのものがソフトウェアとなることで、ソフトウェアの出来がサービスの競争力により直結することになる。プログラムが契約内容そのものとなる世界では、コーディング部分はまるごと外注化される箇所ではなく、サービス提供者主体自らがコストをかけ検証や最適化を行うべき対象となっていくはずだ。

このことは、IT組織の体制・人材育成のあり方が厳しく見直される必要があることを意味する。日本では特に1980年代以降に、IT分野の外注化によるコスト低減が図られてきたが、現在では自社サービスのソフトウェアの知見空洞化に悩む組織は多い。さらには、キーとなるアーキテクチャが分散型に移行することや、仮想化技術の進展で特定ベンダ技術への習熟が不要となることで、既存のIT人材育成スキームが効力を持たない可能性すらある。

ただでさえ分散技術を把握する技術者が限られて獲得競争が激化している中、既存サービスを維持しつつ体制の転換を図っていかなければならない。さらには先進的な分散技術を有し、イノベーションを起こしうるスタートアップ企業も多く産まれつつある。既存プレーヤは決定的に不足する技術リソースを補うため、ややもすれば新たなライバルともなりうるスタートアップ企業を柔軟に味方に取り入れて立ち回っていく必要があるのではないだろうか。

ITサービスのフロンティア

スマートコントラクトをはじめとする新たなITサービスが拓かれる時代、成熟した企業ほど既存サービスや体制を改めて再構築する必要が生じてくる。アーキテクチャが分散型に変化する以上に、それを司る人や体制がどうあるかに大きな構造変化が求められる。

近年日本では特に、IT組織にどこか非主流・下請け組織といったイメージがついてまわることがあったが、古い価値観となっていくことだろう。さらには、非IT組織-IT組織、ユーザ-ベンダといった区分けすら古くなる可能性がある。効率化の帰結として役割分担をしたために少し弱くなっていたかもしれない「IT起点でビジネスやサービスを一変させてやろう」というチャレンジが改めて問われるのではないか。

奇しくも日本は、既存プレーヤ企業のIT技術者の世代交代が叫ばれる時代に大きな技術転換期を迎える。今現在成熟していればしているほど、変化させなければならないものはとても多い。しかし、実はこの時代を乗り切るために最も必要なのは、成熟を礎を築いた技術者世代が有する当時のフロンティア精神の継承ではないだろうか。