気象はコントロール不能。ただ影響移転ができるだけ
航空便にとって最大の不確定要素は気象だ。上空観測にも困難が伴うが、観測できたとしてコントロールできないところにも難しさがある。そのため、昨今では、複数の気象(例えば、台風、雷雲、雨・雪など)がどのように複合的に航空便に影響するか機械学習等を用いて評価する研究がなされはじめている。雷雲と乱気流の合間を縫って飛行できれば、気象はコントロールできないけれども、その影響を移転させることはできるという寸法だ。
気象を航空の言葉に翻訳してくれる提案ツールが必要
そこで、複数の気象データと実際の航空便トラフィックデータを突き合わせ、気象が与える航空への影響を評価する研究がなされはじめている。用いられているアルゴリズムは多岐に渡り、ランダムフォレスト、ニューラルネット、遺伝的アルゴリズム、深層学習などが主流となってきている。
人では判断が難しい状況でも、気象情報から最適な飛行経路を提案してくれる翻訳ツールを実現することが最終目的だ。それによって救済される便が増えると信じられている。
まれに凄腕機長が学習データを用意してくれている
このような事例がある。
2017年8月23日、台風13号が香港を直撃した。最大風速113km/時(61kt)の中、 KLM887便は香港国際空港に着陸した。
空港には、駐機しているB747が煽られノーズギア(前輪)が横滑りするほどの暴風が吹き荒れ、街中には高潮が洪水のように押し寄せている最中のことである。KLM887便は、台風の上空から進入し、台風の目の中を降下して、空港へ着陸した唯一の到着便となった!
着陸後、同社はこのようにコメントしている。
“Safety is our highest priority, we never compromise on that.” (安全は私どもの最優先事項であり、その点について妥協は一切いたしておりません。)注)筆者訳
香港では同日480便が欠航していた。この規模の台風であれば、日本では全便欠航が前日に決定されていただろう。オランダからの長距離便であれば、出発延期になるのが普通だろう。安全以外を一切考慮しないのであれば、欠航とするのが最も安全だ。機長の気象情報についての判断能力には目をみはるものがある。Twitterには、常軌を逸しているというコメントも見られるほどだった。その2ヶ月前に乱気流により負傷者を出した便だと知っていたら、なおさらそのようにも思えてくる。
しかし、この機長の判断のように、安全であることと効率性・経済性が両立できるとしたら。つまり台風の中を着陸することができるルートを示してくれるシステムが実用化されたとしたら、このような凄腕機長が乗機していなくとも救済される便が増えることになるだろう。旅客である我々も、救われた気分になる。
評価も上空で行う必要があるはずだ
このような翻訳ツールを構築するならば、やらなければならないことが2つある。
まず上空の気象を正確に把握するため、航空機観測を拡充することだ。航空機にセンサーを設置して、直接観測したデータをモデル構築・学習・検証に用いる必要がある。
次に、学習したモデル自体を評価するため、稀な気象条件下でのツール提案内容を評価する実験を行う必要がある。台風の目の中を着陸することができるとツールが提案するなら、着陸できるかを実際に試してみるということだ。台風に突っ込むことができる航空機は少ないが存在するし、小さな航空機で発生させた後方乱気流に大きな航空機で当たりに行く実験はドイツですでになされている。こんなにも科学的な検証方法は他にない。
このツールが単に学習アルゴリズムを走らせただけの画餅にならないために、このような観測から評価までの体制も構築すべきだ。
航空機をセンサーとして、不足している上空観測値や観測対象を増やし、いままでは危ないと大きく回避していた「やばい状況」のデータを実験により蓄積する。このような試みが、機械学習モデルを「やばい状況」でも気象を安全に翻訳してくれるものにするだろう。
「ご搭乗の皆様にご案内いたします。皆様、あいにく到着地は台風の直撃に見舞われておりますが、当便はちょうど台風の目を通って最終の着陸態勢に入ります。どうぞシートベルトは緩みの無いようお締めください。」
この便にあなたは乗れますか?