24時、都内某所の地下鉄の駅、ホームの隅に黒い影。何かと思えばネズミだ。黒い愛らしい瞳に魅せられて後を追うと排水溝で姿が消えた。ネズミを街で見かけたことがある人は多いのではないか。最近では一見清潔で新しいオフィスビルの高層フロアにもネズミが出没している。
稲作の開始以来、ネズミが人類の敵になって久しい
ネズミの発生は衛生問題(ペストで有名だがそれ以外にも現代もたくさんの感染症を媒介する)や、経済被害(ケーブルをかじられることによる断線、停電・火災発生)を引き起こすため、大きな社会課題である。
そのため、例えばニューヨーク市では800万匹以上のネズミがいるとされ、約36億円のネズミ防除作戦の実施を決めている。また、身近なところでは、築地市場の移転に際して大量のネズミが銀座の街へ大移動するのではといわれている。実は東京は、複雑な地下構造や老朽化したビル、24時間豊富な食糧(生ごみ)など、ニューヨーク市に負けず劣らずのネズミ天国と考えられる。ネズミ問題がこれ以上拡大しないうちに、なんとかコストをかけずにネズミを減らすしかない。IoTの出番だ。
ネズミが都内に何匹いるかわからない
ネズミを含む獣害対策では、生息数や生態をよく調査した上で、効果的な防除計画を立案し実施する。ネズミの生息数を推計する一般的な手法では、設定したプロットに罠をしかけ、毎日全ての罠を確認して、捕獲されたネズミの種類や数から推計する。ところが森林とは異なり、都市部は地下や高層ビルなど複雑な構造であるため、推計精度を上げるためには大規模な調査が必要になる。この古典的な調査方法に安価なセンサーをつけて罠をIoT化すれば、ローコストで大規模な調査ができるようになるだろう。
更には、360度カメラ等でプロットの動画を撮影し、画像解析にてネズミの出現を記録すれば、罠調査よりも高い精度の推計や、ネズミが好む環境的特長の分析などが可能になる。また、ネズミの生活リズムを知るために、ネズミにセンサーを取り付けた計測はおこなわれているが、近年はLPWA(Low Power Wide Area)と呼ばれる無線通信方式も登場しており、より広く・長期間データをとることが可能になっているため、より詳細な生態を知ることができる。
某ネコ型ロボットのネズミ絶滅爆弾は使えない!
次に、調査結果をもとに効果的な防除計画を立てるのだが、ネズミの被害を抑える手段は基本的に3種類しかない。個体数管理(数を減らす:猫を放つ、ネズミ捕り罠をしかける)、侵入防止(締め出す:高床式倉庫、ねずみ返し)、環境改善(害獣が好まない環境にする:チーズを床にこぼさない)である。なお、ネコを放ってネズミを減らした街はあるが、都内全域にたくさんのネコを放つことには多くの別の問題が生じるため、残念ながら現実的ではない。
罠調査と同じく、センサーをつけたネズミ捕り罠で効率的にネズミを捕まえ(個体数管理)、調査結果からネズミの通り道を防ぎ(侵入防止)、ネズミの好む環境的特長を減らすよう努力する(環境改善)。前述のニューヨーク市では、スマートゴミ箱を設置しネズミの食糧(生ゴミ)を削減することでネズミを減らす計画である。
都市全体で獣害対策IoTを
ここまでしつこくネズミについて書いてきたが、都市で害獣と呼ばれるのはネズミだけではない。カラスやゴキブリ、シロアリはもとより、ハクビシンやアライグマといった外来哺乳類、最近ではヒアリ上陸も注目されている。グローバル化、地球温暖化、高齢化によって更に外来種の定着・増加が進むと考えられ、今でこそ個別に対処しているが、獣害を一つの社会問題として捉えた包括的な対策が求められる。例えば前述の360度カメラで検出するものをネズミに限らず、人間以外の動物としたならば、都市に住む動物のライフサイクルや動物間の相互作用なども見ることができるだろう。
環境保全や農業、生態学といった分野はまだまだIT化が進んでいない。このような分野の課題こそ、IoT化によって効率的・効果的になる。日本のIoT導入率は、海外と比較すると今後5年間で大きく差がつくとも言われているが、IT化の進んでいない身近な社会課題に切り込むことで、IoTの導入は一気に進むだろう。
本文中のリンク・関連リンク:
- 2017/7/13 AFPBBNews「米ニューヨーク、ネズミ駆除に36億円投入へ」
- 2016/2/18 NEWSポストセブン「築地市場移転で巨大ドブネズミが銀座へ大移動の懸念」
- 2017/2/27 ビジネス+IT「LPWAの基礎を解説、IoT向け無線通信技術「LoRa」「NB-IoT」「SIGFOX」は何が違うのか」
- 2016/07/18 CNN「全米一の「ネズミ都市」シカゴ、駆除に野良猫が大活躍」
- 総務省 平成28年度情報通信白書「IoTの導入率」
- 参考:東京都福祉保険局「都民のためのねずみ防除読本」