近年、AIの応用先は多岐にわたり、社会課題を解決しうる技術として様々な業界で重要視されている。AIを使ったソフトウェア重視の戦略を取る企業は多く、「産業のソフトウェア化」といった言葉で表現されることもある。しかし一方で、AIがもたらす変化は、ソフトウェア面だけではない。AIに求められる課題解決の期待が高まるほど、ソフトウェアだけでなくハードウェアについても、業界に新たな構造変化が見られるようになってきた。
AIに特化した集積回路で新たな覇権争いが起こっている
AIを使ったソフトウェアでは、コンピュータの内部で並列行列演算処理が多数実施される。これは通常のコンピュータの用途で行われる演算に比べると特異的であるため、並列行列演算処理に適した集積回路へのニーズが急速に高まっている。まさにここで新たな集積回路市場の覇権争いが始まっている。
グラフィック処理に特化したGPU (Graphics Processing Unit) はその代表例である。グラフィック処理の演算に適した機構はAIの演算にも親和性が高く、ディープラーニングの利用が進んでから急速に市場規模を拡大した。実際、GPUベンダ最大手であるNVIDIA社は、AIサービスに乗り出す多くの企業と提携しており、新時代のハードウェア業界を牽引しつつある。NVIDIA社のGPUにはCUDA (Compute Unified Device Architecture) というプラットフォームが用意されており、ソフトウェア開発者の取込みにも余念がない。
一方で、AIに特化した集積回路を作ってしまうアプローチをとる企業もある。Google社のTPU(Tensor Processing Unit)がその代表例である。囲碁プログラムAlphaGOでも利用されている集積回路であり、2017年4月5日に公表されたGoogleの論文によれば、CPUやGPUよりも15~30倍高速だと主張されている。
その他、プログラマブルな回路構造をもつFPGA (Field Programmable Gate Array) にMicrosoft社は着目しており、BrainWaveと呼ぶ演算装置を発表した。またIntel社は2016年に買収したNervana System社の技術を取り込み、AIに特化した次世代Xeon Phiプロセッサを2017年内に市場に投入する。
高性能AIはまだ持ち歩くほど手軽ではない
このように激化するAIに特化した高速演算集積回路だが、一つ重要な課題がある。それは消費電力である。実際、話題になったAlphaGOの消費電力は250kWといわれる。日本の年間一人あたり消費電力量約8000kWhを、32時間程度で使い切ってしまう消費電力である。
このような集積回路を背景にしたAIサービスは、個人のスマホに収まるほどには至っていない。もちろん、あらゆるAIサービスが囲碁プログラムほどの高次の演算処理を必要としているわけではないし、演算処理はクラウドサーバ上ですませて結果のみ伝送すればよいという考え方もある。しかし、日常生活の様々な場面でAIサービスを享受するには、身近なデバイス内で処理が完結し小型で持ち歩くことができたり、クラウドサーバ上に自分のデータを転送するというセキュリティ上のリスクを犯さなくてもよい利用ができると嬉しい。
したがって、今現在豪奢な計算能力の高低で凌ぎを削っている競争はいずれ、低消費電力で一定能力以上のAI演算を実現することに、競争領域が移っていくのではないだろうか。
「お手軽な」AI特化集積回路の鉱脈を掘り当てるカギとは
お手軽なAI特化集積回路に求められる条件は、低消費電力化と小型化であろう。スマホに載るくらいかどうかがその基準となる。
実際、Apple社ではApple Neural EngineというiPhoneに乗せられるAI専用の低消費電力集積回路の開発を急いでいるという。そのほか低消費電力でAI演算を実現するアーキテクチャとして着目されているのは、ニューロモルフィックAIという、ニューロンをソフトウェアではなく集積回路上に再構築してしまうというアプローチである。IBM社がTrueNorthという低消費電力(70~200mW)の集積回路で精度の高い画像認識精度を出したことで話題となったほか、日本では東京大学とNECで共同研究が進められている。
お手軽なAIは、IoT分野で活用しやすいことが普及の条件になるだろう。センシングした情報をその場でAI処理することを考えれば、センサーと親和性の高い集積回路が求められる。センサーが得意な日本にとってはここに勝機があるのではないだろうか。
かつて日本は米国と半導体分野をめぐり覇権争いを繰り広げた。その時と同程度以上に、今後のIT業界の覇権を左右する戦いが始まっているのかもしれない。