マイコンからシングルボードコンピュータへ
一昔まで小規模なロジックが必要な電子工作といえば、マイクロコントローラーを用いることが一般的だった。そもそも電子工作はニッチなホビーの分野ではあるが、現在のITプロフェッショナルの多くは一度は手を染めたことがあるのではなかろうか。
マイコンといえばザイログのZ80、日立(現ルネサス)のSuperH、マイクロチップのPIC、などが有名なところである。これらは価格、入手性、加工がしやすく多くの基礎技術を学ぶことはできるが、使い始めるまでは敷居が高く難易度も高かった。
最近になってシングルボードコンピュータが普及し、その敷居が下がってきた。その代表はラズベリーパイ財団が提供しているRaspberry Pi(ラズパイ)である。名刺大のボードにARMプロセッサ、ネットワーク、USBを備えている。この成功に続き、類似したシングルボード製品が続々と発売されている。
ラズパイがその他のシングルボードコンピュータとは一線を画す点はネットワークの標準装備と、それ単体でプログラミング環境が揃うことである。この2点が相まって、ラズパイは手軽にネットワーク接続されたものの工作に適している。まさにIoT向けである。
わが国の製造業が軒並み業績を落とし、若い世代の理系離れが進んでいると言われている。ものづくりの衰退が叫ばれているが、勢いづくIoTを使ってものづくりの機運を高められないだろうか。
IoTプラットフォームとしてのラズパイ
ケンブリッジ大のコンピュータ学科修了者の減少から始まる英国の若者のコンピュータ離れが危惧され、若い世代のコンピュータ教育強化の一環で財団を設立し、企画されたものがラズパイである。廉価で必要最小限の機能を有し、それ単体で完結することを目指した。そして、当初から標準化された入出力ポート(GPIO)を用意していたことが秀逸であった。GPIO拡張を行う拡張基板(HAT:Hardware Attached on Top)を用いることによりシングルボードを離れ、応用の幅が格段に広がった。すでに様々なHATが開発されており、気象観測、ロボット制御、マルチメディア再生、多数のラズパイを連結したスパコンなども作られている。
当初ラズパイはIoTをあまり意識していなかったが、マイクロソフトがWindows 10をラズパイ用に用意したことから分かるとおり、IoTのプラットフォームとしても有望なのである。
ビジネスで開発されているIoTは一般的に、セキュリティや品質確保のためモノ側にはロックダウンされたソフトウェアを用いることが多い。しかし、これではクリエイティブな用途には適していない。ロボット制御にラズパイを使う場合、センサー監視、アクチュエータ制御はもちろん、制御ソフトウェアの作成、さらにはデバッグも行うことができる。
ラズパイのもう一つの強みはコミュニティの広さである。財団がコアとなって、政府、教育機関、各国のコミュニティを統括している。デバイス類の公開情報、ソースコード、チュートリアル、ノウハウや各種プロジェクトの活動報告が揃っている。日本では研究段階ではなかなか情報をオープンにしない風潮があるが、教育がメインであるラズパイでは積極的に情報を発信している。多種多様なHATが開発されているのも、多くの技術情報が共有されているからである。
ものづくりからイノベーションへ
手軽で多機能、高い拡張性を持ったシングルボードコンピュータが普及してきたが、若い世代のものづくりをサポートする道具が一つ増えたに過ぎない。政府の成長戦略にある、科学技術イノベーションにつながるような大きな活動にしていかなくてはならない。
英国ではコンピュータの教育制度を見直し、ソフトウェアを使うことよりも作るほうに重点を置いたようだ。その結果かは定かではないが、ケンブリッジ大のコンピュータ学科の履修者が増えたと言う報告もある。
もちろん教育は必要ではあるが、敷居の低いものづくり環境を提供し、コンテストや競技会を活性化するのはどうだろうか。GUGEN、DMM.makeなどが主催するコンテストや、政府後援のコンテスト(手前味噌ながら例としてWeb × IoTメイカーズハッカソン)などの活動のサポートを手厚くすることが考えられる。
もうひとつ、より広範なエントリーを可能とする活動も欲しい。ラズベリーパイ財団の主催するAstroPiプロジェクトにヒントがある。ラズパイを使った宇宙での実験をコンテストで選び、採用されたアイディアは実際にラズパイを宇宙ステーションに送って実験してみる、というものである。
JAXAが民生部品を多用した小型ロケットの実用化に挑戦しているように、身近にあるモノを使ってイノベーションを起こしていける環境が揃ってきている。ものづくりがもっと身近になり、イノベーションの種があちこちに出現することを願いたい。