顧客接点へのAI導入はUXの検討から

洋服を選んでくれるAI、チャットで質問に答えてくれるAI、自分の投資性向を考慮して最適な投資をアドバイスしてくれるAI・・・。

AIを活用した新しいサービスが続々と登場している。 一方で、特にコンシューマ向けのサービスではユーザエクスペリエンス(UX)の重要性が広く認知されてきている。 上記のサービスはいずれも従来よりも優れたUXを提供している印象を受けるが、実際、AIはUXを高めるのだろうか?それとも妨げるのだろうか?

UXを高めるときの限界

AIとUXの関係を論じる前に、まずUXについて考えてみたい。

UXを高める魔法の杖はないといわれている。 新商品・サービスを開発する際には以下の点を利用者の視点に立って検討・実装し、ユーザテストを行いながらPDCAサイクルを回すことを通じて、UXを徐々に高めていくことになる。

  • 製品・サービスに対する期待を高める新しい体験・世界観・ストーリー
  • 特別感(「自分のことをわかってくれている」感)やおもてなし感を与える顧客接点
  • スムーズに製品やサービスを利用するためのインタフェース

上記を突き詰めていこうとすると限界に突き当たるのが2点目の「特別感・おもてなし感を与える顧客接点」だ。 特別感を与えるために手厚いサービスを用意すればコストが嵩む。 そのため、手厚いサービスは上得意先に限定し、その他の顧客はセグメント別の対応が精一杯、というのが一般的だ。 たとえばクレジットカード会社では、最上級会員には専任のコンシェルジュサービスを提供するが、ゴールドカード会員には専用のコールセンターを提供するに留まる。

AIは顧客接点の強化につながる道具だが制約も

AIはこの課題の解消につながる道具のひとつである。 AIを活用するメリットとして、「特定のタスクを人間と同程度以上の精度・品質で圧倒的に速く処理できる」という点が挙げられる。 手厚いサービスのために多くの人材を確保しなくても、AIが代行してくれるのだ。たとえば冒頭に挙げたチャットのAIや投資アドバイスのAIは、オペレーターやファイナンシャルプランナー(FP)の代行をするだけでなく、利用者を待たせることなく最適な回答や投資プランを導いてくれる。

注意したいのは、AIは万能ではなく制約も多いという点だ。 現時点で実用的なAIは、汎用的な処理はできず、タスクごとにAIを用意する必要がある。 また、ルーティンのタスクは得意だが、クリエイティブ性が求められるタスクやイレギュラー処理などの柔軟性が求められるタスクは苦手である。 したがって、単純に人間をAIで代替してしまうと、従来の機械化と大差が無く、UXの面では大きなマイナスとなってしまう。 クレジットカードのコンシェルジュサービスのAI化は時期尚早であろう。

自動化済みの業務や人間の支援から活用を

このようなAIの特性を鑑みると、顧客接点におけるAI活用には向き・不向きがあることがわかる。

まず、既に自動化されている作業や提供者の支援・効率化であれば、AI化によりUXが高まる可能性が高い。 前者の例としてはチャットのAIが挙げられる。 これまではWeb上のFAQページを利用者が自ら検索する必要があったが、チャットという自然なインタフェースで求める回答にたどりつけるようになった。 後者の例として、過去の利用履歴等から提示すべきサービスを教えてくれるコンシェルジュ支援AIが考えられる。 AI化により、新人・中堅コンシェルジュのサービスをベテランに近づけられそうだ。 最終的な顧客対応は人間が行うことにより、手厚いサービスの提供対象を拡大することができる。

一方、現在人間が行っている顧客接点業務をAIでそのまま代替することは避けたい。 自動化・効率化の一環と捉えられてUXが低下してしまい、離反を生じるおそれもある。 AIを導入するのであれば、難易度は高いが、現行とはサービス自体を変えて別のニーズに応えるサービスと位置づけ、新たなUXを生み出すのがよいだろう。 冒頭の洋服を選定するAIや投資をアドバイスするAIがこれに該当する。 旧来型の店頭営業員やFPによる営業でもなく、すべてを自分で判断するネット販売でもなく、その中間の「アドバイスは欲しいが人間による接客は好まない」という層の取り込みを狙っている。

AIは今後も進化が続く。クリエイティブ性やイレギュラー処理等に関する技術開発も進み、AIの適用範囲は広がっていくだろう。 それでもAIが人間そっくりのUXを提供できるようになるのはまだ先のことだ。 AI活用ありきではなく、「UXを高めるためにはどうすればよいか、新しいUXの提供余地はないか」という観点から検討を進め、それを実現する有力なツールとしてAIを捉えてはいかがだろうか。

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