今度こそ普及するVR/AR

スマートフォンを顔の前に取り付けるVR(Virtual Reality)が、ゲーム業界を中心に様々な会社から発表されている。最近話題になっている製品として、Oculus VR社のRift、GoogleのDaydreamCardboard、ソニーのPlayStaition VRが挙げられる。いずれも視界を覆うゴーグル形状のディスプレイとして、市販され始めている。

しかしながら、これまでにもいわゆる「スカウター型」のヘッドマウントディスプレイが製品化・市販化されてきたものの、一般には普及しなかったのが実情だ。当時注目を浴びたGoogle Glassも、一般向けの製品から撤退した。裸眼での3D対応テレビ製品がほとんど残っていないことなどの過去事例を考えると、VR対応機器がそれほど簡単に普及するものではないことが予測できる。

そこで今回は過去の事例から、VR/AR普及のための条件を考えてみる。

そもそもVR/ARとは

日本語では、VRは「仮想現実感」、AR(Augmented Reality)は「拡張現実感」と訳されている。現実のモノや空間などをコンピュータの中でVirtual(仮想)な情報として表現し、現実に近い形で表示・再生するのがVRである。また、現実のモノや空間に対して、コンピュータで生成したもの(Virtualな情報)を表現をしたものを追加して、現実を拡張することがARである。いずれもコンピュータの中で、いかに現実感のある表現をして、できるだけ現実に見える・感じるように表示することが重要である。

研究用の空間没入型システム

研究レベルでは、1990年代はフルCGの技術とVR研究が進んだ時期である。例えば、米国イリノイ大学が開発したCAVEや、1997年に東京大学インテリジェント・モデリング・ラボラトリーに設置されたCABIN(Computer Augmented Booth for Image Navigation)がよく知られている。

CABINは、大型のプロジェクタを活用した5面スクリーンを有する空間没入型の施設であった。最大273度の視野を得ることができ、液晶シャッタを使ったメガネを通して見ることで立体的に見ることができ、空間に入り込んだ感覚・臨場感を得ることが可能であった。

またCAVEは、システムがパッケージ化されて、前面左右の3面を有するシステムが市販された。国内でも中央大学NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)海洋研究開発機構(JAMSTEC)等の大学や研究機関、企業に設置された。

これらの装置で表示するコンテンツとしては、例えば、地球シミュレーターによる気象シミュレーションの結果や都市空間を再現したものなどであり、主に様々なデータの可視化のために使われた。1990年代後半から2000年代に、両眼視差を使った立体視の技術や、液晶シャッター方式の眼鏡を使った立体視の技術が確立され、キャリブレーションツールやコンテンツ生成のためのライブラリ等が共有された。VR/ARに関するさまざまな研究やコンテンツ、アイデアなどが発表された時代でもあった。

早すぎた市販化事例

前述のようにVRが研究として注目されていた一方で、一般消費者向けには1995年に任天堂からバーチャルボーイという製品が発売された。これは、現在注目されている機器等と同様に、機器内のスクリーンを覗き込む形でゲームをするものであった。

バーチャルボーイでは、当時の技術やコストの制限から、両眼の視点用にそれぞれ赤色のみで表示されていた。また、対応するゲームも5タイトルが発売されたにとどまった。赤色で表現力に乏しかったことや対応するゲームの数が少なかったこと、同時に一人しか利用できない機器であったことが敗因として挙げられている。

その後、任天堂は2011年に裸眼立体視ができるNintendo 3DSを発売したことで、3D対応ゲームが一般化した。ただし、3D表示に対応しているゲームは、現在に至ってもそれほど多くない。3DSは表示デバイスとしては比較的安価であるものの、3D対応コンテンツの制作コストが増加することと、ゲームにおけて3D表示の効果が明確ではないためだと考えられる。

普及に向けた技術的課題の解消

これまで一般向けには普及しなかったVRが最近になって注目されているのは、大規模なシステムを必要とせずに現実的なコストで利用できる機器とコンテンツが提供されるようになってきたためである。コンテンツ開発環境、利用環境、および、コストは普及に向けてハードルを下げるように進展しており、今回は本格的な広がりが期待できるだろう。

これまでの事例を見ても、VR/AR機器の普及には、コストに関する議論は避けては通れない。例えば、ヘッドマウントディスプレイは10万円以上の価格であり、一般消費者が気軽に買える値段ではない。そのため、最近発売されたVR製品は、画面には既存のスマートフォンを使用し、別に画面を固定する機構を用意することにより、コスト的には比較的安価で実現できるのが特徴だ。具体的には、スマートフォンの画面を両眼用に分割し、それぞれ分割した画面において、両眼視差が発生するような仕組みを用いて、微妙に異なる画像を生成している。こうした工夫により、一般のスマートフォン画面を用いても、3D画像として認識できるようになっている。また、Google Glassのような透過型ディスプレイを用いることなく、視野を限定させて視覚をスマートフォン画面に集中させることで、没入感を高める工夫をしている。Google Cardboardのような安価かつ簡易な機器での実現方法も考えらていれる。このように、大規模な装置なしで没入感の高い視野を実現しているのが、最近発売された安価なVR機器の特徴だ。

VR用コンテンツやアプリケーションの開発環境も整備されてつつあり、コンテンツを作成するコストも低下している。特に、3Dモデルに対応するCGを作成するためのレンダリングエンジンや、物理的な動きをシミュレーションするためのライブラリ等、各種ツールが充実しつつある。また、コンテンツ作成の効率化も進んでいる。

さらに、現実を表現した情報を高精細かつリアルタイムに表示するには、解像度やフレームレート等表現するレベルに応じた性能を有するGPUを活用する必要がある。こうしたGPUについては、既に性能は高くないもののスマートフォンにも内蔵されており、それなりのレベルでの表示が可能になっている。

阻害要因の解消と、さらなる普及に向けた期待

ところで、普及の阻害要因の一つとして、VR酔いと呼ばれる映像酔いや、立体映像等による視覚疲労など視覚に与える影響がある。これらに対しては、映像の生体安全性基準の中で、ガイドラインが策定されている。また、3Dテレビが市販された際にも同様の議論があり、3D映像の生体影響に関して標準化を推し進める際に、「制作」、「表示」、「視聴(視聴環境・視聴者特性)」の複合的な要因があるとして、それぞれのフェーズに関して検討が行われた。こうした議論を踏まえて、例えば低年齢層の子供にはVR映像を見せないなどの注意が必要である。

現在では、一般消費者の認知度も上がり、環境的にも普及のための土壌ができつつある。しかしながら、VR/ARの本格普及には、やはりVRならではのアプリケーションが求められる。例えば、シューティングやカーレース、3D空間でのアクションゲーム等の、従来は3人称視点で操作していたものが、1人称視点で操作できるゲームが当面のキラーアプリとなるだろう。

ただし、これだけでは普及がコアなゲームファンに限定されてしまう。ライトユーザ向けには、例えばカメラで入力された映像に情報を追加するAR等の方がわかりやすいだろう。また、ビジネス用途としては、視点を自由に動かせることを生かすべきだ。例えば医療用では、CTやMRIでスキャンしたデータを様々な角度から見たり、さらに医療用ロボットの操作にVRを利用することなどが期待されている。

こうした新しいユーザ-エクスペリエンス(UX)を提供するゲームやアプリが多数出てくることが普及のカギとなり、今度こそ様々な分野でのVR/ARの普及が期待できる。