前回の「人工知能が報・連・相を変える」 では人工知能がオフィスワークに大変革を起こすと予想した。 今回は「マッチング」という側面から人工知能のインパクトを見てみよう。
昔から商品や人材をうまくニーズとマッチングするのは商売の基本であった。 売り手と買い手のニーズと価格をすり合わせる「市場」「推薦・紹介」「ブローカー」 といった仕組みがまさにマッチングだ。 マッチング業界が人工知能で大きく変わりつつある。
人工知能で高速マッチングする市場取引
マッチングに始めて人工知能が使われたのが証券取引市場である。 1990年代に米国で急速に発展したが、欧州や日本で広まったのは2010年代以降である。 リアルタイムに市場を分析して、ミリ秒単位で小さな利を稼いでいる。 アルゴリズム取引と呼ばれ、 今では東京証券取引所でも2~3割が機械同士で超高速に取引されている。
市場取引がオンライン化されれば、必ずそこに人工知能が登場する。 今注目されているのがネット広告取引市場である。 広告枠を1回表示単位でをリアルタイム入札で売買する「RTB」(Real Time Bidding) という市場取引が2010年頃から始まった。 日本での先駆者がフリークアウト、 2011年のサービス開始から急成長を続け一気に上場を果たした。 そして、市場ができれば 人工知能で広告の費用対効果を最大化しようという動きも活発になる。
個人的には、次は電力自由化を受けて登場する電力のオンライン取引市場に 人工知能が使われてゆくと考える。
ニーズを汲み取りマッチングする商品レコメンド
顧客の多様なニーズと商品・サービスをマッチングするのが、いわゆる商品レコメンドである。 Amazonのお薦めは誰もが自然に使っているサービスだろう。 自分と似たような閲覧購入履歴を持つユーザ群を見つけ、 きっとこれも欲しいだろうと推薦してくれるのが基本である。
リコメンドの応用範囲は、ECサイトの商品推薦に止まらない。 特に、ネットメディアのお薦め記事は、今最も熾烈な競争が繰り広げられている分野である。 最先端の人工知能は、 自分のセンスにあわせてファッションアイテムを選んでくれたり、 個人に合った勉強方法を教えてくれる ところまできている。
今は購入回数が多く、リピーターが期待できる分野が中心である。 今後は、人生に数回しか買わないけど、重要な買い物が注目ではないか。 例えば、住宅購入や賃貸では物件は多数あれど、最初は自分の好みすらよく分からない。 その上、高額な買い物なので、決め手に欠けて躊躇するケースが多いからだ。 結婚式場や受験校選び、もう少し頻度が高いが旅行や高額家電、医者選びも同様だろう。 それを後押しするには、単純なリコメンドでは不足である。 ニーズや好みを聞きだし、推薦理由を示しつつ、 納得ゆくように誘導する人工知能サービスが登場すれば、 大きなマーケット開拓の可能性がある。
人をマッチングする人材紹介
マッチングビジネスの最たるものがヒトを紹介するビジネスである。 その中で、人工知能に最も注目しているのが転職業界である。 20代向けレコメンド型転職サイト「キャリアトレック」は検索機能が無く、 その代わりにキャリア診断の結果に基づき毎日10社の企業をお薦めするサービスである。 推薦された企業を「気になる」と仕分けすると人工知能がさらに学習して、 推薦精度が高まってゆく仕組みだ。 「タレントベース」はソーシャルデータを使って自社に合った人材を推薦してくれる。 これも推薦された人材を取捨選択することで、より自社にあった人材像を学習してくれる。 今後は、転職だけでなく新卒採用や異動・昇格でも人工知能の助けを借りて判断する 時代が来るのではないか。
人を選ぶという意味では、選挙に可能性を感じる。 先日の統一地方選挙、私の選挙区では定員50名に80名が立候補していた。 その中から自分にあった一人を選ぶのはとても難しい。 そんなニーズに応えて、 マッチング診断で自分の考えに近い議員を検索するシステムが北海道で稼働している。 これは議会議事録の各議員の発言内容を分析して、ユーザが数個の質問に応えるだけで、 自分の考えに合った議員を探すことができる。 議会発言だけが議員活動ではないし、新しい候補者のことも知りたいから、 まだまだ進化の余地は大きいけれど、このような試みが続くことを期待したい。
人と人をマッチングする人生最大のイベントが結婚である。 お見合い文化が衰退し、晩婚化・非婚化が進む現代において、 その代わりを務めているのが結婚相談所やお見合いパーティである。 まだ人工知能の推薦が成功したという話は聞かないが、 今後重要な応用分野となるに相違ない。 その萌芽を、 合コンのカップル成立確率の向上を目指す「人工知能コン」に見ることができる。 意中の人を決めるメンタルプロセスをモデル化して、 中間アンケートに基づきカップル成立率の高い3名を各自に推薦する仕組みである。 最後に1人だけ投票するのだが、なんと4人に1人が両想い(=カップル)になったというから驚きだ。
人工知能に使われるのか?人工知能を使うのか?
将来的には、自分一人で考えるよりも、 人工知能が推薦する人やモノを選んだ方が満足感が高くなることが多いだろう。 でも、自らの意思決定を人工知能に委ねてしまうのは、直感としてとても怖い。
なぜ怖いのだろうか? それはおそらく「自ら決断できる」ということが、 人の尊厳に重要であると感じているからではないか。 民主主義の根本には、個人の自由意思を尊重し、他者に強制してはならない、という考えがある。 人工知能に委ねることは自由意思の丸投げと感じるのかもしれない。
一方で、自らの意思に基づいて、より確実に決断するために人工知能を役立てているだけだ。 意思決定を放棄した訳ではない、という考えもある。 情報過多の時代に広く全体を見通して決断するには、 人工知能の力を借りねばならないのも確かであろう。
人工知能に使われるのか、人工知能を使うのか、一体どちらなのであろうか?
人工知能の最適は、あなたの最適とは限らない
ここで一つ注意しなければならないのは、 人工知能の最適判断は、あなたにとっての最適とは限らないことだ。 レコメンドされた商品は、確かにあなたにとって欲しくなる商品だろう。 でも、お店がキャンペーン中の商品だけから選んでいても分からない。 もっと自分に合った商品を推薦せずに、 お店の都合で選択肢を狭められているかもしれないである。
商品推薦ならば必ずしも悪徳ではないけれど、 これが選挙の候補者レコメンドだと、民主主義の根幹に関わる問題になる。 人工知能に少しだけバイアスをかけて、特定候補者だけレコメンドされやすくすれば、 その判断に従う有権者の票を取り込めてしまう。 特に多数が当選する大選挙区では、当落線上の候補に数%の票を積み増す レコメンドはちょっと見には気づかないはずだ。 その誘惑にかられる人工知能技術者が出てきても不思議ではない。
結婚相談所のお見合いマッチングでも似たような状況が発生する。 最適マッチングの「最適」とは、あなたにとっての最適ではない。 あくまで結婚相談所にとっての最適なのである。 つまり、結婚相談所にとっては、できるだけ多くのカップルが成約するのが最適である。 そのために、あなたがギリギリ受け入れ可能なパートナーばかり紹介するかもしれない。 そうすれば人気の人を要求の厳しい人にまわせるからである。
これらを考えると、 これからの人工知能開発では「公正さ」が重要な倫理問題の一つとなることが分かる。 しかし、公正さを担保するのはとても難しい。 なぜなら機械学習で得られたロジックはブラックボックスとなり、 人が理解することは難しいからである。
あなたは婚活を人工知能に委ねますか?
本文中のリンク・関連リンク:
- 市場取引の人工知能マッチング
- 東京証券取引所におけるHigh-Frequency Tradingの分析 p.19(日本取引所グループ) ・・・アルゴリズム取引の約定件数比率は2012年9月の20.2%から2013年5月の36.1%に急増している
- IT用語辞典バイナリ「RTB:リアルタイム入札」
- フリークアウトの事業内容・・・RTBがよく分かる
- マイクロアド、京都大学と共同で人工知能技術・金融理論を用いたDSP「MicroAd BLADE」の広告配信最適化に関する研究を開始
- レコメンド型の人工知能マッチング
- 新感覚ファッションアプリ「SENSY」(カラフルボード)
- 「人工知能が家庭教師」(テレビ東京 ワールドビジネスサテライト)
- ヒトの人工知能マッチング