3Dプリンタはどこまで世界を変えられるか

個人用の3Dプリンタは家電量販店でも発売され、個人でも簡単に手が届くようになった今、3Dプリンタの可能性が注目されている。今回は、3Dプリンタの可能性について、実際に筆者が試して得た知見も踏まえて考えたい。

モノづくりの世界を一変させる可能性も

3Dプリンタは、3Dのデータがあれば、それを実際の物体として出力できるものだ。データさえあれば、複雑な形状でも簡単に個人で出力できてしまう。そのため、Makerbot社のThingiverseのような3Dデータの共有サイトにアクセスすれば、コップからちょっとしたアクセサリまで簡単に3Dデータを取得して実際の物体に変えることができる。

さらには、自動車や家を3Dプリンタで出力したという発表もなされている。こういったニュースを聞いていると、3Dプリンタさえあれば何でも作れるようになるのではないかと思いそうになる。このまま3Dプリンタが普及すると、皆が家で3Dプリンタを使ってモノを作るようになり、工場の必要性が低下し、モノづくりの世界を根本的に変えてしまうのではないか、と。

工場の大量生産型の製造方式にはない利点も3Dプリンタにはある。3Dプリンタの場合、一つ一つ出力するため、オーダーメイドの「一品物」の製造が可能であり、さらに、従来の金型では作れなかった複雑な形状の出力が可能であることから、多くのバラエティに富むモノを生み出すことができる。3Dデータさえつくれれば個人が考えたアイデアを簡単にモノにすることも可能であり、今では誰もがTwitterで情報発信できるのと同様に、誰もがモノをつくることができるようになり、その結果、イノベーションの敷居を大きく下げてくれる可能性もある。

現状では速度と素材に課題

では、実際に、3Dプリンタはすぐにでもモノづくりの世界に大きなインパクトを与えるような凄い機械なのかというと、現状ではまだまだ乗り越えるべき課題がありそうだ。

当社でも3Dプリンタや3Dスキャナを購入し、小さなFAB Labを作って、いろいろと試作や検討を行っている。そうした中で感じた一番の課題は、やはり造形に時間がかかりすぎることである。精度とのトレードオフではあるが、例えば、普通のコップを出力するのに、軽く3、4時間はかかる。樹脂のコップを3Dデータから苦労して作るよりは、近所の100円ショップで金属製のよくできたコップを買ってきた方がはるかにお得で効率的だ。

現状では素材が樹脂中心であることも課題である。金属を出力できるものも少しずつ出てきているが、個人向けで出回っているもののほとんどは樹脂を素材とするものであり、そのため、強度が必要なものは難しい。

誰もが簡単に3Dデータをつくれるかというと、そこにも壁がある。CADソフトを操ってある程度まともな3Dデータを作るには、やはり一定の技能は必要とされる。動画編集ソフトを駆使して動画を作るぐらいの技能は必要という印象だ。

時間がかかるため大きなモノは難しく、かといって、精度の面から小さすぎるモノも難しい。モノがあふれている東京のような場所では、買った方がはるかに早くて楽なモノも多く、品揃いの豊富な100円ショップやコンビニに対抗しうるようになるには、速度と素材の両面で進化が必要だろう。

素材面のイノベーションによる異分野での利用の拡大

3Dプリンタが世の中を変えるには速度と素材がカギとなることは間違いない。そのうち、素材という面では面白いモノがいくつか出てきている。

金属ゴム系の素材に対応する個人向けプリンタがベンチャー企業を中心に出てきていることに加え、臓器を作ることができる「バイオプリンタ」や食品をつくることができる「フードプリンタ」も実用化が近づいている。「バイオプリンタ」では、富士フィルムと東大病院が人体に移植できる皮膚や骨、関節などを短時間で量産する技術を開発し、5年後の実用化を目指しているという。フードプリンタも実用間近であり、米Systems and Materials Research社は既にピザなどの出力に成功している。バイオプリンタはもし実現すれば、生成に時間がかかったとしても、医療の現場を変えうる力があるだろうし、フードプリンタもキッチンの1スペースを占める主要家電となる可能性を秘めている。

速度という面では、現在の速度が劇的に早くなるには生成方法の新たなイノベーションが必要である。そのため、まずは素材面でのイノベーションにより、時間がかかっても問題ないモノから3Dプリンタによる製造が普及するだろう。あまり大きすぎない一品物という適性も含めて考えると、医療分野でのバイオプリンタの活用は乗り越えるべき壁はあるものの、実はいち早く革命をもたらす可能性がある。

一方、医療の現場やモノづくりの現場の枠を超えて、3Dプリンタがモノづくりの世界を根本的に変え、日常生活で誰もが3Dプリンタを使ってモノづくりを行うような世界になるには、速度の面での劇的なイノベーションも必須である。3Dプリンタが、学校からコンビニや各家庭、もしくは自販機のようにあちこちに設置され、個人がデータだけUSBで持っていけば食べ物からモノまで自由に作り出すことができる。そして、そのデータはインターネットを通して世界中で流通しており、誰もが簡単にアクセスし取得することができる。そんな未来を作り出すポテンシャルを3Dプリンタは持っている。そのカギは速度であり、新たな生成方法や機構の開発により速度の劇的な向上が実現できたときがその始まりとなるだろう。