人工知能が報・連・相を変える

仕事の基本といえば「報・連・相」、すなわち上司や同僚への報告・連絡・相談である。 新人の頃から先輩に叩き込まれた方も多いだろう。 この大切さは、おそらく10年や20年では変わらない。 しかし、「報・連・相」のあり方は人工知能で大きく変わるかもしれない。

「報・連・相」の目的は、ミクロな判断、状況の可視化、リスク予防

「報・連・相」の目的はいくつかある。

一つは情報共有。 チームで働くならば、互いの状況を理解した方が仕事はスムーズに進められる。 計画したことがちゃんと進んでいるのか、指示したことで何か問題が起こっていないのか、 ちょっとでも連絡があれば安心できる。 つまり、仕事の状況が常に見えているということである。 これを、「状況の可視化」と呼ぼう。

次が一番重要。それは上司が適切に判断して指示やアドバイスすること。 例えば、お客様を訪問した後に、企画書や見積書をどう作るか、報告・相談が無ければアドバイスしようもない。 未熟な若手の考えだけでは、せっかくのチャンスをみすみす逃してしまうかもしれない。 逆に、無謀な提案で会社に損害を与えてしまう場合もある。 これを「ミクロな判断」と呼ぼう(「ミクロな意思決定」でもよい)。

小まめな報告には、上司が部下を守るという側面もある。 トラブルが起こってから相談されても、経緯をきちんと把握していなければ、対処が難しいからである。 経験豊富な上司なら、問題の兆候が早目に分かることもあるだろう。 感情的にも「オレの知らないところで勝手に進めやがって」と思われがちである。 これを「リスク予防」と呼ぼう。

さて、「報・連・相」は人工知能でどのように変わるのだろうか。

報告・連絡せずとも、状況は可視化されている

まずは「状況の可視化」。 営業日報や議事録は自動的に作成されるようになる。 スマートフォンもしかするとウェアラブル端末で録音した会話音声から、議事録を自動作成できるようになる。 実際、現在の音声認識技術でも、発話をそのまま文字に書き起こすならば、 十分に使える 音声認識議事録作成ソフトがある。 しかし、営業報告で大事なのは、決定事項やToDo、主要な論点をまとめることである。

最初は、スマートフォンで表示した発言メモをタッチして、決定事項やToDoを抜き出し、 少し編集して議事録を作成するだろう。 だがいずれ、数多くの議事録ストックを機械学習させて、決定事項やToDoを抜き出す要約エンジンが登場する。 そうなれば報告者は、自動作成された議事録を確認するだけで済むようになる。

進捗報告も自動化される。 PCやスマートフォンの操作はすべて記録され、 ビッグデータ分析によって、膨大な操作ログから作業内容が特定できるようになる。 既にシステム開発では進捗管理の自動化が始まっている。 例えば、ソフトウェア作成行数やテスト障害情報を自動的に収集し、 各作業項目の進捗状況や課題を分析できる 定量的プロジェクト管理ツールがある。 まだまだ一部の工程や作業だけであるが、将来的にはシステム開発全体に広げられるはずである。

類似ケースを検索して、ミクロな判断をパワーアップ

部下状況が可視化されたとしても、中間管理職が日々行うミクロな判断は多種多様である。 簡単には自動化できない。 しかし、ミクロな判断だけに、会社全体でみれば、きっと過去に似たケースがあるに違いない。 例えば、お客様への提示額を決めるという判断なら、数多くの類似ケースが見つかるだろう。 ただし、ここで難しいのは、どんな根拠からどのように判断したかを知ることである。 通常、判断根拠や判断プロセスまでは記録されていないからである。

そこで、さきほどの操作ログが重要になる。 部下だけでなく、中間管理職の操作ログも年間を通じて記録される。 メールで判断結果とその根拠を返していれば、操作ログに集積されてゆく。 大量の判断ケースを分析して、状況→根拠→判断をセットで蓄積しておけば、 適切な類似ケースを見つけられる。 判断根拠が整理された全社の類似ケースをいくつか参考にすれば、 中間管理職が適切な判断を下せるようになるだろう。

中間管理職は、これまでは頭の中で考え(あるいは直感で)判断し、口頭で指示すれば良かった。 今後は毎回の判断をきちんと記録に残すことが必要になる。 その上、類似ケースは部下も見られるので、多くは部下自身で判断できてしまう。 中間管理職の判断能力がパワーアップされるといいつつ、さらに受難の時代を迎えるかもしれない。

リスク予防は、リスク兆候の自動検知から

一口にリスクと言っても、事業継続に係る重大リスクから、日々の小さなクレームまでさまざまである。 全社レベルのリスクについては、近年 GRCツール(ガバナンス・リスク・コンプライアンス)を用いて、 全社の情報を一元管理して、効率的にリスク対応できるようになってきた。 だだし、全社のリスク部門で利用するツールであり、 「報・連・相」を通じて中間管理職が日常的に対応するような、お客様や案件単位の小さなリスクまでは扱わない。

部下状況の可視化が実現されれば、それだけでも中間管理職はリスクを発見しやすくなる。 とはいえ、膨大な活動情報を毎日隅から隅まで目を通すことはできない。 そこで、典型的なリスクについて、ストックされた過去の部下状況からリスク要因と トラブル至る前の兆候を洗い出しておく。 常に部下状況を自動的にチェックして、リスク兆候を見つけてくれるツールが登場するだろう。 例えば、「お客様の担当者が途中で変わった」というのはリスク要因であり、 「前任者はそう言ったかもしれないけど」という発言はクレームに至る不満(兆候)である。 これは議事録には載らないが、会話音声ログには残っている。 これを自動的に検出するツールができるはずだ。 さらには、お客様の口調やトーンから、怒ったり不機嫌でないか、という感情を推定して、 トラブルの未然防止に使えるようになるかもしれない。

最近、人工知能分野で注目を集めているものに、IBMの質問応答システムWatsonがある。 その応用例の一つが、 リスク・コンプライアンス判断支援である。 特に金融機関では複雑な規制が存在し、日々の業務で法令順守できているかは重要問題である。 部下状況が可視化されれば、中間管理職はWatsonを利用して法令順守状況もチェックしやすくなるだろう。


これまで見てきた、「報・連・相」に関わる業務の自動化あるいはパワーアップの多くは、 ビッグデータ分析と機械学習がキーとなっている。 膨大なログデータを集め、それを分析し、機械学習によってルール化してゆくというのが基本パターンである。 このようにデータに基づく業務高度化を「データドリブン~~」と呼ぶことが多くなってきた。 そこで、これまで述べてきた「報・連・相」の自動化・強化も、「データドリブン報連相」と名付けてみよう。 3年後くらいに流行っているかもしれない。