先月半ば、ドイツの優勝で幕を閉じたブラジルW杯は、スポーツデータ分析におけるひとつの節目だったように思う。FIFA.comが独自のデータ分析指標である「カストロール・インデックス」で評価した選手ランキングを発表するなど、データ分析によるパフォーマンス評価が客観的な評価として、世界中の多くの観戦者に確実に認知された。
様々なスポーツで沸騰するデータ分析
スポーツデータ分析は、「マネーボール」でも知られる野球をはじめ、様々なスポーツで活用されている。その活用のされ方は、選手のパフォーマンス評価や、チームの戦力強化の目標設定、観戦者への情報提供など様々だ。
サッカーの事例では、W杯で優勝したドイツの戦術の1つである「ボール保持率を高めること」の背景に、SAP社のMatch Insightsという分析基盤の貢献があったことが話題となった。テニスでは、ウィンブルドン大会においてIBM社のSLAMTRACKERが、データ分析の立場から試合を左右する重要な見所を抽出しわかりやすく可視化した。観戦に新たな楽しみ方を付与した意義はとても大きい。
ウェアラブルデバイスによってスポーツの戦術立案が変わる
スポーツのデータ分析の目的のひとつは、試合の情報を客観的に可視化してより効率的な練習計画や戦術を策定するきっかけを作ることであるが、ウェアラブルデバイスの登場によりその策定のあり方自体が変わる可能性がある。
最近登場したウェアラブルデバイスは、つけている人間の心拍数や運動量、疲労度、フィールド上の位置、走る速さ等を可視化することが出来る。こうした情報を活用すると選手の身体の状態をより精緻に把握し、かつリアルタイム戦術立案が可能になってくる。このような目的を実現するためのシステムの事例としては、アディダス社のmiCoach eliteが挙げられる。これはトレーニングの効率化、コーチ・監督への戦術判断上の情報提供を目的としたシステムで、プロチームやナショナルチームで導入が活発化しているようだ。(※日本の第一事例として、2014年5月横浜F・マリノスが導入)
次の起爆剤となりうるのは「選手目線のデータ」か!?
スポーツデータ分析市場にはこれかも様々なメーカが参集し熱気を帯びていくことだろう。そしておそらく、データ分析の数理的な手法自体の洗練というよりは、独自性のある計測/比較用データがあるかどうか、活用局面がより具体的かどうかが、今後のスポーツデータ分析のキーファクターになるのではないかと感じている。
現在はどちらかと言うと選手以外の周りの人から見える状況のデータ化が先行しているが、加えてスポーツの状況をその場に立った選手の目線から見た状況を可視化・データ化し俯瞰的な観点のデータと連携できると、さらなるトレーニングの効率化や高度な戦術立案、新たな観戦の楽しみ方に繋がるのではないだろうか。
Goproなどに代表されるアクションカメラは、選手目線のデータの一つである。選手がどのようなスピード感でどんな景色をみているのか、第三者には今まで手が届きにくかった世界を体験することができる。サッカーでは「ネイマール目線」の動画が超一流選手の技術を選手目線で擬似的に体験できるとして話題となった。また、モータースポーツやウィンタースポーツ、マリンスポーツなどでは選手の頭部または器具に取り付けた動画取得が流行している。プレーできる環境が身近にない場合でも疑似的なスポーツ体験できるようになり、ファン層拡大にも一役買っている。
これらのような選手目線のデータは、その選手が置かれた立場をありありと示している。一方、試合全体を俯瞰したデータは時間的または空間的に抽象化された情報だ。2つの異なるデータを組合せて活用できれば、今までより更にスポーツの状況を広くかつ深く理解するのに役立つはずだ。俯瞰的な視点を常にもって選手が次のプレーを判断したり、はたまたファンがより選手目線に近づいた視点でスポーツ観戦できたりすることは、スポーツの競技レベル向上や楽しみ方に新たな可能性を与えることだろう。
可視化・共有による競技レベルの底上げを
スポーツのデータ分析がより具体的・俯瞰的な観点で可能になってくると、今までよりさらに一流選手のノウハウを共有することが容易になってくる。もちろんプロスポーツだとあらゆるノウハウを公開するわけにはいかないが、長期的な視点で見ると、競技者全体のレベルアップはプロスポーツの振興に寄与するためメリットも大きい。また比較的競技者の少ないスポーツでも競技レベル向上のスピードアップが期待できそうだ。
最近ではモーションセンサ等で取得できるデータを用いて、スポーツでアマチュア選手のフォーム改善を補佐するスマホアプリ(※1,※2)も出始めており、スポーツデータの活用の裾野は確実に広がっている。日本は東京五輪など大きなスポーツイベントを控えている。第一回の東京五輪の資産がその後のスポーツ振興に大きく寄与したように、次の東京五輪では選手目線のノウハウをデータとして蓄積することで先の世代に大きな資産を残したいものだ。