法律を読む情報技術

2013年度末となり、マイナンバー法の施行まで2年弱を残すのみとなった。本法令は税や社会保障など100以上の業務に影響が及ぶため、来年度以降、数多くの自治体・政府システムで改修開発の調達が活発化してくる見込みだ。

このような改修では、法令文書をしっかりと読み込み、影響範囲を正確に見定めることがなによりも大切である。手戻りによる長期化が、コスト増大につながってしまうからだ。しかし、読み込み作業はとても手ごわい。豊富な知識と経験のあるシステム開発者にとっても、関連法令が多すぎ、一筋縄ではゆかないのが現状だ。

これは、社会制度のシステム改修や法令実務が容易ではなくなってきた問題の一例と言える。かつて90年代から00年代初頭にかけて、法令を数理論理学の枠組みで捉え法的な推論を行う研究があった。この試みは、法令に対する自然言語処理の研究を経て、法令実務や要件の抽出を支援する技術としてにわかに再注目されている。

絡み合う法令を読みほどく

法令は、小さなルールの集まりであり、一般の文章と比べるとかなり論理的に書かれている。なぜ解読が難しいかというと、個々のルールが多種多様に絡み合ってしまうからだ。幾つもの法令が関連する社会制度という単位で見ると、全体の構造を把握することは人手ではかなり難しいものになる。

そこで、自然言語処理等で論理式化した法令を「社会を動かすソフトウェア」と見なし、ソフトウェア工学で培った技術により、法令の理解や改正を支援しようという試みがある。

最近のものとしては、国民年金法や地方条例を題材にして、法令改正業務を支援できるという成果が例として挙げられる。また、”Juris-informatics”という学問領域では、複雑な法令が絡みあう裁判の過程を数理論理学で支援しようという試みもある。必要な手続きや証拠の有無の判断を機械に任せ、法律専門家が本質的な問題に集中できるようにして、裁判の迅速化といった課題に答えようというわけだ。

法令からの要求抽出も手助け

冒頭であげたようなシステム改修で役立つ技術も提案されている。改修の要求抽出では、抽出した要求がそもそもの法令に則っているかということが開発者の頭痛のタネだ。このような課題に対し、抽出した要求を逐次論理式の表現にして整合性を確認しつつ、オントロジ(要求抽出している業務分野の専門辞書のようなもの)を用いて要件の抽出をサポートする仕組みが提案されている。

また、漏れのない要求の抽出ができるよう、システム化に必要な「データ」、「機能」、「用語定義」に関する文章を、数タイプの要約された文章形式で網羅的に抜き出すとで作業者を支援する技術もある。

有識者頼りの読み込みへの支援として活用すべし

行政システムの改修がますます複雑化している中で、整合性の確認や漏れのない要求の抽出を機械的に行える技術の意義はとても大きい。とはいえ、人間の作業をまるまる取って代われるということではなく、実際の改修における使いどころが問題となる。

法改正を背景とした改修プロジェクトにおける要件の抽出は、実際のところ、対象の社会制度に経験ノウハウをもつごく少数の有識者によって行われている。限られたリソースでどう要件の抽出を行っていくかということはどのベンダも持つ悩みだ。特に、冒頭のマイナンバー制度のように、関連する法案が非常に広範だと、有識者だけでは法律の読み込み作業がなかなか進まない。このような悩みをうまく解決できる使い方がポイントとなりそうだ。

機械に「読ませる」のではなく人が「もっと読める」のがミソ

有識者の作業を考えると、読み込み作業の単純な部分を代替できればかなり有用だと思われる。法律上の文章の係り受け構造の図示化や、複雑に張り巡られた他の法令参照の芋づる式抽出といった部分は作業量が多い。手を煩わせるこの部分を機械で支援し、有識者にはより注力すべき作業に集中してもらえると良い。さらに言えば、数理論理に詳しくない人でもお手軽に使えるツールがあると一連の作業に組み込みやすい。

法律に詳しくない若手SEの教育に活用することも有識者頼りを解消する策になりうる。システムの元となった法令を論理式の表現で構造化したものをナレッジシェアすることは若手SEの知識の底上げに繋がる。また、法令の可視性が増すことで、有識者がどのポイントに留意して要求を抽出しているかを若手SEに継承しやすくなるはずだ。若手SEの成長は、組織全体としての読み込みレベルの向上に繋がっていく。

また将来の未知の法律に対しても、有識者や若手SEが深い読み込みができるよことが望ましい。既存の法令を用いて整合性の確認や要件の抽出のノウハウを蓄積し、未知の法律への対応力を向上することが必要となりそうだ。

行政システムの複雑化や有識者の後継育成が将来よりいっそう大きな問題となるのは明らかだ。機械に「読ませる」ではなく、機械を使って「もっと読む」、攻めの解決方法にチャレンジしていきたい。