システム再構築プロジェクトの投資管理をどうするか

IT投資へのマインドは変わる可能性がある

金融危機や天災等が続く中、企業等におけるIT投資も「守り」の意識が強いものが比較的多かったのではないか。特に、関係者のだれもが心の中では「この仕組み(情報システム)は、新しくした方がよい」と考えながらも、経済的便益をベースとした投資対効果(ROI等)が明確に示せなかったり、ROIが5年間で直接的にプラスとならなかったり等の理由で、情報システムの見直しや再構築の起案に至っていないものも多く存在してきた。

先週になり、2020年に東京でオリンピックが開かれることが決まった。前回(といっても、筆者が生まれる前のことであるが)と同じように、様々な投資案件や変化(規制の見直しや廃止を含む)が、オリンピックという旗印を得て計画が具体化され、実施に移されることを期待している。このような期待は筆者だけでなく、多くの皆様もお持ちのことと思う。財政の状況など不安要素も大きいものがあり、希望的観測かもしれないが、多くのビジネスが展開されていくと見込まれ、IT投資もより戦略的に、また、短期間で実現しようとするものが増えてくると考えられる。

IT投資管理の研究の中でも、かねてから主張されているように、経済的便益計算に基づく(ある程度確定的に見込まれる)財務的な直接のリターンを求めるだけでなく、事業戦略とセットで承認されるような新規事業を立ち上げるための情報システム投資や、「インタンジブルズ」と言われる各種のリソース(人的資本、組織資本、情報資本)の整備や維持を目的とした投資も重要である。これをどう実現するのか、本稿では改めて提起したい。

IT投資管理の実態

IT投資管理の実態はどうであろうか。実際には、保守案件、新規構築案件、再構築案件(単純なシステム更改、複数システムを同時に更改する複雑なシステム更改)、システムインフラの更改や追加、と多岐にわたるものを対象として管理するため、多くの企業等の組織では、案件が最も多い保守案件の投資管理を中心に考えたルール、すなわち費用対効果を中心に据えたルールが策定・運用されているのが実態である。

新規事業と立ち上げるための情報システム投資については、不確実性を織り込んだ事業計画とセットで承認されることが多いため、情報システムとしては、初期投資の小ささやスケーラビリティの確保といった面でクラウド技術を活用した計画も増えており、このような投資管理の方法もほぼ浸透してきたといえよう。 情報システムの目的別に投資を区分し、わかりやすくIT投資管理アプローチを示すためによく利用される区分がある。(下図)

ITを投資ポートフォリオとして再考する-4つの資産分類

(MIT Sloan CISR Webサイトの情報を筆者が邦訳-原文http://cisr.mit.edu/files/2009/12/Topic-Portf_Slide3_lg.PNG))

この中で問題となるのが、業務情報システムの再構築案件である。特に過去を引きずったITアーキテクチャのくびきのために、複数システムを同時更改せざるを得ない複雑な再構築案件は、経済的便益計算による直接的な財務的なリターンを示せない(業務処理を担当している現状の人員削減につながることがあるため、業務部門もコミットしにくい)ためになかなか実行に移せないことがある。特に2000年代初頭に更改を済ませている場合、「今回は何を目指すのか」という問いに直面することが多い。

複雑なシステム再構築案件の投資管理の方向性

関係者が実感として「古い」「問題がある」と感じている情報システムは、事業の要請からくる改修要求に追従するスピード感がなくなっていたり、何かを改修しようとするとかなり高額な保守投資が必要になっていたり、改修やこまごまとした新規システムの追加を重ねる中でデータの統合性を高い状態で維持できず必要なデータをなかなか抽出できなかったりといった問題を抱えていることがある。 インタンジブルズ」と言われる各種のリソース(人的資本、組織資本、情報資本)の整備状況という見方をすれば、たとえば以下のようなといった事項に問題があることが多い。

  • 特定のスキルを持つ人員に依存した業務の進め方とそれを前提とした情報システム機能が業務処理方法を硬直化させている
  • 過去の組織形態を引きずった業務処理の方法を前提にした、人員の配置、業務ルールに従ったシステム機能が業務の変化に追従できない
  • 改修や新規システムの追加を繰り返した際にデータ管理の維持が不十分で、情報価値を逸失している

これらを変革しながら情報システムを作りかえるという計画は不確実性を伴う(人的な変化は「待つ」しかないものもある)上、計画段階では直接の財務的リターンが計算しにくい。 これに対応して、バランストスコアカード(BSC)を利用したアプローチの仕方もあるが、とにかく、準備が大変であることや、多くの場合、 BSCに系統だって落とし込めるまでに戦略が体系だっていないこともあり浸透度は今ひとつである。また、外部環境の変化が早い場合、これを組織の各階層でメンテナンスする活動自体が「遅い」という状況も発生する。 そのため、このような投資においては、「合意形成」のアプローチをとることが有効であり、これから10年弱の間、日本では「旗印」を明確にした変化を起こしやすい状況が訪れると期待している。

また、再構築案件そのものの投資管理だけでは不十分で、その後の利用を見ながらの保守・改修投資、再構築後に順次実施が見込まれる周辺システムへの投資を含めた、システムライフサイクルを通じたポートフォリオ的な管理を行って、価値を継続的に高めていくことが重要であり、現在の外部環境の変化はその好機となる可能性を秘めている。

このようなチャンスを活かすためにも、仮に温めていた再構築プロジェクトが始動できる際には、その先の10年を見据えたしっかりとしたITアーキテクチャを検討した上で、再構築後にライフサイクルを通じて情報システム群の価値を継続的に高めていくことができるようにしていこうではありませんか。