センサーデータによる故障の診断

1. 故障診断の重要性

故障しない機械はない。テレビが突然映らなくなったり、今まで使えていたパソコンが、急に起動しなくなったりなど。家電・パソコン類の取扱説明書には、大抵「故障かな?と思ったら」等といった項目で、症状別に、原因や対策方法が掲載されていたり、中にはフローチャート形式でわかりやすく説明されていることもある。最近では、メーカーのホームページ上で、親切な故障診断ナビを提供したり、家電自体が、自己診断機能を持つような場合もあるようだ。

メーカーにとって、ユーザに対して適切な故障診断サービスを提供することで、製品の状況を判断しやすくしたり、復旧に向けた道筋を提示してあげることは、製品購入後のアフターサービスの観点から重要だ。また、ユーザから寄せられる修理相談のうち、一定程度がユーザ自身の使い方や設定ミスが原因であるとも言われ、そのようなユーザの対応を減らすという観点からも、適切な故障診断が求められるところだろう。

では、このような故障診断のロジックはどのようにして作られているのだろうか。第一に、多くの修理を行なってきた経験豊かなエキスパートの知見によるところが大きいだろうが、最近では、機器類に搭載されたセンサーが出力する製品使用データに基づき、統計的に故障診断のロジックが作成される先端的な事例もある。

2. プリンタ複合機の故障を診断する

機器類の故障として身近なのはプリンタ複合機の故障だろう。印刷物ができるまで一刻を争うときに肝心のプリンタ複合機が不調でやきもきする、という経験を持っている方も多いはずだ。

富士ゼロックスでは、プリンタ複合機に付帯する保守サービスの中で、顧客先に設置したプリンタ複合機の環境(温度・湿度)、用紙(サイズ・紙質)、メンテナンス内容(保守エンジニアが実施した消耗品交換・トラブル処置)等、顧客がプリンタ複合機を日常使用する中で得られる一連の利用データを、ネットワークを通じて、データベースに蓄積してゆく。

こうして蓄積された膨大なデータは情報の宝庫だ。「主走査方向に用紙の端から端まで線が発生するならプラテンガラスが汚れている」「周期的な汚れが目立つようになったらバッフル先端にトナー紙粉が不着している」等。このような共通的な傾向は、マイニング技術で分析され、トラブルパターン等のルールとしてあぶりだされる。ルールは、トラブル発生時に、プリンタ複合機の症状と照合され、原因解明に役立てられる。

3. 宇宙システム電源系の故障診断

また、NASAでは、シャトルや衛星等、宇宙システムに搭載する電源系(Electric Power System:EPS)における故障診断技術を開発している。

ここで、宇宙システムにおける電源系とは、日照時に太陽エネルギーを電力へ変換、バッテリーへ充電しつつ、日陰時には、バッテリーに充電された電力を、宇宙システム上の搭載機器に供給する等、宇宙システムの肝となる機器である。

当然のことながら宇宙空間での電源系の故障は致命的であり、万が一電源系に異常が発生した場合は、宇宙という非常に制約のある空間の中で、得られた手がかりをもとに、原因を解明し、対策を打たなくてはならない。

NASAでは、バッテリー、回路ブレーカー、インバーター、リレー等にとりつけられたセンサーや、電圧センサ、電流センサ、位置検出器等から得られる各種搭載機器の状態を組み合わせて電源系の異常を解明し、対策を打つための故障診断技術を開発している(*)。

4. カギを握るベイジアンネットワーク技術

上記2つの事例で共通的に利用されているのはベイジアンネットワークという技術である。ベイジアンネットワークとは、様々な事象間の因果関係を確率的に表し、これら因果関係をネットワーク状に連鎖させたものである。このことで、多くの要因が複雑に絡み合った状況を表現することができ、一部の手がかりから、異常を起こした原因を、確率的に特定することができる。

近年、様々な機器がネットワークを介して協調的に稼働することで一つのシステムを形成することが多い。このような状況では、ある一部の機器が故障すると、巡り巡ってシステム全体へ影響が波及することになる。複雑化したシステムにおける故障診断は極めて困難だ。冒頭で述べたエキスパートの知見に基づく診断ロジックは、限界がきているのではないか。今後は、ベイジアンネットワークを始めとしたデータに基づく、故障診断手法の確率が求められるだろう。

(*)O. J. Mengshoel, M. Chavira, K. Cascio, S. Poll, A. Darwiche,and S. Uckun. Probabilistic model-based diagnosis: An electrical power system case study. IEEE Trans. on Systems, Man, and Cybernetics, 2009.