米国ではiPadを代表としたタブレット端末により映画やテレビ番組を好きなときに好きな場所で見るという視聴スタイルが定着し始めている。その牽引役が動画配信サービス大手Huluであり、同社のサービスが今月とうとう日本でも開始された。Huluの上陸は日本のオンラインビデオ配信市場、そしてテレビ視聴スタイルの転機となりうるだろうか。
米国におけるオンラインビデオ配信サービスの定着
今回上陸したHuluは、米国のNBC、FOX等の大手テレビネットワーク各社自らが出資してできた企業である。大手テレビネットワーク各社が親会社である利点を生かして、従来の映画コンテンツに加えて、テレビで番組が放送された翌日にはHuluでその番組を見ることができる「見逃し放送」の提供を武器にユーザを増やしてきた。Huluは米国では広告付きの無料配信を行っており、オンラインで放送翌日には見逃した番組を無料で見ることができるため、時間にとらわれない新しい視聴スタイルを生み出した。さらに、月7.99ドルを支払えばスマートフォンやタブレット端末でも視聴が可能となっている。
米国ではHuluに加え、Netflixというオンラインビデオ配信サービスが浸透している。DVD宅配レンタルからスタートしたNetflixは、現在1万以上の映画コンテンツと1000以上のテレビ番組を配信するという超豊富なラインアップで急激な成長を遂げている事業者であり、米国だけでなんと2280万人の有料加入者(2011年第1四半期)1がいる。それは、米国のブロードバンドサービス加入世帯の22%にも及び、日本で加入者数の多いひかりTVの加入者数が141万人(2011年3月末時点)2であることを考えるとその浸透具合は明らかである。
さらに、HuluとNetflixというオンラインビデオ配信市場の2大巨頭に対抗し、大手ケーブルテレビ事業者もスマートフォンやタブレット端末によりどこでもテレビ番組を見れるようにするサービス「TV Everywhere」をオンライン配信やWiFi付きSTBを利用して進めている。
米国では、テレビの前に座って決められた時間にテレビ番組を見るのではなく、持ち運びのできるタブレットで映画やテレビ番組を好きなときに好きな場所で見るという、視聴者にとっては理想的な視聴スタイルが実現しているのである。
日本の視聴スタイルは変わるか
では、日本の場合はどうだろうか。現在、視聴スタイルの変化の前提となるオンラインビデオ配信は日本では十分に定着しているとは言えず、ひかりTVでさえ加入者数が141万人と米国とは大きな差が存在する。十分なブロードバンドインフラがあるにもかかわらず定着していない理由の一つは、コンテンツの乏しさである。
日本では民放各局が多くの人気コンテンツを保有するが、現状ではその民放各局のオンラインビデオ配信への取り組みは限定的だ。ひかりTVでは地デジの再送信が行われており、NHKオンデマンド、TBSオンデマンド等により一部の見逃し放送も提供されているものの、それはごく一部である。Huluの日本サービスはハリウッド映画や24などの海外ドラマが月額1480円で見放題というものであり、十分魅力的ではあるが、地上波放送の見逃し放送がないというのは米国とは大きく異なる点であり、米国市場ほどの成功は日本では見込めないだろう。
また、先日、民放キー局5社と電通が有料VOD(ビデオオンデマンド)を推進していくことを発表した。しかし、それもあくまで地上波放送のリアルタイム視聴の促進を目的としており、視聴スタイルの変化に繋がるものではなく、「テレビ」を中心とした視聴スタイルを維持するものであると推測される。
もう一つ、日本と米国での違いがある。それは有料テレビ放送サービスの普及率の違いである。もともと米国は国土の広さゆえの難視聴対策として有料のケーブルテレビや衛星放送が普及しており、2009年時点ではケーブルテレビ54%、衛星多チャンネル放送28%の単純合算80%近くもの有料加入者3が存在する。対して日本は電波がかなりの範囲で行き渡っているため、そもそもテレビを高いお金を払って見るという概念があまりないのである。
視聴者のニーズに応えた変革を
好きなときに好きな場所でテレビ番組を見る。この視聴者にとっての理想は、日本ではしばらく実現しそうにない。Huluも現状では米国で与えたほどのインパクトはないだろう。
また、実をいうと、米国の理想に見えるこの状況にも逆風が吹き始めており、Huluの売却、一部見逃し放送の放送後8日間の有料化、さらにはコンテンツ提供企業とのライセンス契約の高騰に苦しむNetflixの料金値上げと、時計の針が少し巻き戻りそうな気配である。
しかしながら、日本は世界でも有数のブロードバンドインフラを持ち、スマートフォンやタブレットも普及しているという下地がある。また、日本は米国ほどコンテンツ提供側の図式も複雑ではなく、昨今の視聴率の低迷問題もある。Huluが日本の民放各局と番組供給に向け接触を開始したという報道もあり、今回のHuluの参入が新たな視聴スタイルを実現する枠組みへの構造改革を促すことを期待したい。
1: Netflix、“Q1 11 Letter to shareholders”より
2: ITpro、“「ひかりTV」の会員数が141万件に、VODのマルチ端末対応をiPadでデモ ”より
3: Informa Telecoms & Media、“Americas TV 14th edition”より