飛躍するか?NFCモバイル決済

先日5月26日、グーグルから、スマートフォンを使ったモバイル決済サービス Google Walletが発表された。グーグルブランドのスマートフォンNexus SなどNFC機能を搭載したスマートフォンで、おサイフケータイ同様、タッチによる決済ができる。一方で、アップルにおいても、次代機iPhone5に、決済機能が搭載されるか否かがネット上で話題になっている。

鍵となるのは、NFC(Near Field Communicationの略)と呼ばれる、携帯電話端末やパソコンなどの機器間における非接触通信の国際規格である。NFC機能の搭載によるモバイル決済は、次代版スマートフォンの大きな焦点である。

NFCとは

NFCのベースとなっているのは、既存の非接触IC規格の通信部分である。具体的には、国際標準規格のISO/IEC14443のTypeA、TypeB、そして国内で使われているフェリカの3つが併用される形で、ISO/IEC18092として制定・標準化された。

NFCの主な機能は、カードエミュレーション機能である。普段、我々が電子マネーや乗車カードとして利用しているICカードを模倣し、スマートフォンを使って、ショッピングの際の決済に使ったり、駅の自動改札口を通貨することができる。

また、リーダ・ライタエミュレーション機能により、ICの内容を読んだり、書き込んだりすることができる。つまりスマートフォンが内蔵するICの内容を、もう一方のスマートフォンのNFCで読んだり更新したりできるので、スマートフォンを店舗に設置する決済端末として利用する事例も出始めている。米PayPal は スマートフォン同士を近づけるだけで送金を行うサービスを発表している。高コストだった専用の決済端末を、スマートフォンで置き換えてしまうかもしれない。

NFCのメリットはなんといってもグローバル標準であることであり、世界中でどこでも使えることである。たとえばNFCの上に構築された決済サービスである、PayPass、payWaveは、マスターカード、ビザという国際ブランドによって運営されており、欧米、アジアなど多くの国で利用できる環境が整備されてきている。今後は、決済以外の分野でも同様に、グローバル標準の観点からNFCの上でサービスが構築されていくだろう。

国内のモバイル決済事情

日本のケータイユーザは、上記のNFCの機能を見て、特に驚かれることは少ないかもしれない。上記機能でNFCが実現しようとしている世界は、日本ではフェリカが実現してしまっているからだ。フェリカはソニーが開発した技術であり、Edy や Suica などの電子マネーサービス、IC交通カード、会員カード、チケット、おサイフケータイなど、あらゆる場面で利用され、今やすっかり日常生活に浸透している。

一方で、フェリカを使ったサービスは、フェリカネットワークス社によって集中的に管理されており、このことで、サービス事業者にとって、フェリカ上のサービスの開発・運営コストが大きくなっているという弊害が指摘されている。

また、それより大きな問題として指摘されているのが、フェリカのガラパゴス化問題である。前述したとおり、NFC規格は、既存規格のISO/IEC14443のTypeA、TypeB、フェリカの通信方式3併用であるが、グローバル的には、フェリカではなく、TypeAの採用が主流である。この場合、国内で販売されるフェリカ・スマートフォンでは、国内で使えても海外では使えない。逆に、観光などで訪れる外国人が持つNFC(TypteA)のスマートフォンは日本国内では使えないということだ。

こうした事情もあって、国内でも非接触ICカードの方式について、フェリカから、NFCへの乗換えも一部で進んでいる。たとえば、公的カードにおいては、住民基本台帳カードを始め、運転免許証、パスポートにICカード機能が搭載されているが、これらのICカードはTypeBが採用されている。また、2008年から発行されている成人識別装置ICカード(タスポ)では、TypeA方式が搭載されている。

また、モバイルキャリアによるNFC実証実験もいくつか行われている。ソフトバンクモバイルやKDDIは、オリエントコーポレーション、クレディセゾン、マスタカードと共同で、NFC対応スマートフォン(あるいは携帯電話機)を使って、マスターカードの非接触IC決済PayPassのアプリケーションの実証実験を行っている。なお、NTTドコモにおいても、KTコーポレーション、サムスン(韓国)やビザと共同で、スマートフォンを用いたNFCサービスの相互利用の検討を行っていく方針だ。

NFCの課題

しかしながら、NFCの進展に向けて死角はないのか、というとそうでもない。

2002年にNXPセミコンダクターズ社(旧フィリップスセミコンダクターズ社)とソニーがNFCを開発し、2004年にメーカー、通信キャリア、金融機関が参加するNFCフォーラムが設立されて以来、世界中で多くのNFC決済の実証実験が行われてきたのにも関わらず、軌道に乗った商用サービスが現れていない。

なぜこんなことになっているのだろうか。

一つは国際規格の運命として、「船頭多くして、船、山に登る」ではないが、仕様策定のスピードが非常に遅いことがあげられる。各国の通信キャリア、金融機関、交通機関などNFCビジネスに関わるプレイヤーの意見がぶつかりあい、合意を得るのに相当の時間を要することになる。その結果として、通信プロトコル部分には標準規格が策定できたが、データの暗号化処理を含めたセキュリティ部分など他の部分の実装はベンダーごとに互換性がないなどの課題を抱えている。

また、上記プレイヤーの利害がぶつかり合い、ビジネス的にうまみのあるフェリカにおけるフェリカネットワークスの役割をNFCでは誰が担うのかなどの陣取り合戦の様相を呈しており、有効なビジネスモデルをなかなか構築できていない。このあたりは、NTTドコモが主導的に進めたフェリカ・おサイフケータイとの大きな差であろう。

しかしながら、冒頭に紹介したグーグル、アップルといったスマートフォン・メーカーの参入でこのような課題が解決し、世界中 でNFCモバイル決済が一気に広まる可能性もある。各プレイヤーの思惑や関連技術動向も含めて目が離せない領域である。