消費意欲の自己申告はどこまで信頼できるか

最近、MROC(Marketing Research Online Community)というサービスの提供を始めたという話を、あちこちで聞くようになった。 MROCとは、マーケティング計画や事業計画を立てるためのサービスである。 その特徴は、マーケティングリサーチを目的としたクローズドなオンラインコミュニティを用意し、特定の商品やサービスに強い感心を持つユーザのコミュニケーションに基づいて分析を行う点にある。 このサービスは、ITによって消費者の意見をダイレクトに汲み取ることができるという点が特長だ。

ところで基本的な疑問ながら、消費者の意見は、いったいどこまで信用できるのか。 母集団の数が多ければ多いほど、統計的に有意な結果の導出が期待される。 しかしそれはモデルが大数の法則に従うような素直なケースの話。 個別のテーマを考えたとき、気まぐれな消費者の言葉をそのまま鵜呑みにしてよいものだろうか。

本稿では、消費者の意識と、実際にとる行動の関係についての研究を紹介しよう。 その研究結果によれば、特定の商品分野に関しては行動と意識に強い相関が認められるものの、 商品の分野によっては意識と行動に関係は認められなかった。 このことから、意識レベルでどれだけ深堀りしても実際の購買行動に繋がらない、 あるいは行動ターゲティング広告が意味をなさない商品の分野があることが導かれる。 流行のMROCやマイクロマーケティングも、対象とする商品の分野によっては大ハズシ、となるリスクが残されているということだ。

研究の概要

本研究は、匿名の消費者が約1ヶ月どのような行動をとったか仔細に追跡し、その結果を分析したものである。 行動データの取得対象は匿名の消費者なので、その消費者が誰であるかは分からない。 しかし実験の実施に先立ち、参加者の属性(年齢、性別、家族構成など)と消費意欲に関する傾向をオンラインアンケートにより取得しており、匿名といえども色が付いた消費者として扱うことができる。 そして取得したデータは分析時に実際の行動データに関連付けられて処理された。 つまり、属性と消費傾向だけは分かっている匿名の参加者が、1ヶ月弱、その行動を追跡されたというわけだ。

このようにして取得した消費者の行動ログを、本研究グループの研究者たちは「属性付き位置情報ログ」と定義した。 この位置情報ログが、実社会に生活する消費者の行動特性を雄弁に物語るのである。

実験は2010年1月7日から2010年1月31日までの25日間、実施された。 実験に参加した消費者の居場所(緯度経度)は、携帯電話の待ち受けアプリとして用意された位置情報取得機能により10分間隔で捕捉され、サーバに送信された(誤解のないように補足しておくと、実験参加者のプライバシーに配慮してデータの取扱いに関しては十分な匿名化処理を施したうえ、実際の位置情報と個人が簡単に紐付けできないような工夫が加えられていた。 また当然ながら参加者には情報の取扱いについて全て承諾済みの上で実験を実施した)。

実験参加者は1,798名、そのうち少しでも有効なデータを取得できた参加者は1,363名だった。 このデータに基づいて、消費意欲と行動特性の関連性を分析した。

消費意欲と行動タイプの分類

まず消費意欲の類型化から。 消費傾向は、外食、食品・飲料、日用品、ファッション・化粧品、家具・インテリア・雑貨、AV機器、音楽、ゲーム、アミューズメント、漫画・玩具、稽古・習い事・スポーツジム、旅行、以上の12分野を設定し、それぞれ「非常にお金をかける」から「まったくお金をかけない」まで、7段階で消費意欲を分類した。 この段階は、事前のオンラインアンケートで参加者個人の消費に関する意識を尋ねるものであり、旧来のオンラインマーケティングにおける情報収集の処理に通じる作業である。

一方、実際の行動をどう類型化したか。 これに関しては、実際に取得した行動のログから自宅や勤務先・通学先を判定し、それぞれの間をどう動いたかで行動のタイプを定めた。 平日と休日に分けて、それぞれ4つの行動タイプを定めている(図)。

平日行動タイプ
平日行動タイプ
休日行動タイプ
休日行動タイプ

相関はあったのか

さて気になる結果は、消費意欲と行動タイプに相関が認められるのかどうかである。 細かい議論をすっとばして結果を紹介すると、「それぞれ全く関係ないよ」という帰無仮説を設定し独立性の検定(カイ2乗検定)を実施した結果が、下記だ。

カイ2乗検定の結果

有意水準を5%とすると、ファッション・化粧品、音楽、そして休日行動に対する家具・インテリア、旅行について、帰無仮説が棄却される。 すなわちこれらについては何らかの関連性があるだろうということである。 休日の行動と旅行に対する消費傾向に強い関連性があることは納得のいく結果だろう。 旅行に金を使うことを厭わないひとほど、休日、遠くまで足を延ばす傾向にある、これは非常に合点がいく。

この実験では、ファッションや音楽にお金を使うこと、それと行動パターンにも何らかの関連があることが導かれた。 一方で、あまり関連性が認められない分野も残されていた。 このあたりの意識は、おそらくベテランのマーケターには感覚で身についているかもしれないが、実際に行われた実験でそれが数値として客観的に明らかにできたということが、本研究から示唆される重要な結論である。

まとめにかえて

本研究の詳細は「飯尾、他: 属性付き位置情報ログが示す行動特性と消費傾向の関係、情報処理学会論文誌 Vol.52,No.7,pp2256-2267,Jul.2007.」に纏められている。 詳しい内容を知りたいかたは、ぜひこちらの論文をお読みいただきたい(お問合せも歓迎します)。

MROCも銀の弾丸ではない。 しかしうまく利用すれば新たな付加価値の創造が期待できるサービスでもある。 弊社でも先ごろ、7月15日に「クラウド型データ分析サービスを開始〜3万人、約2千設問の生活者パネルでビジネス機会を発見〜」と題したニュースリリースを公開し、MROCを含む大規模なデータ分析サービス提供開始のお知らせを大々的に発表した。 弊社の新サービスも含めて、上手に活用していただきたいところだ。