iPhoneやiPadのヒットなどから、ユーザビリティやユーザエクスペリエンス(UX)が注目されるようになった。メーカーやシステム開発企業の中には自社製品のユーザビリティ・ユーザエクスペリエンスを高めて競争力を強化したいと考えている企業もあろう。そんな企業には人間中心設計(HCD)に関するプロセス標準、ISO 9241-210が役立つ。
HCDのプロセス標準 ISO 9241-210
ISO 9241シリーズは元来、視覚表示装置(VDT)に関する人間工学的な要求事項を扱う規格として制定された。HCDに関するプロセス標準は1999年にISO 13407:1999として制定されていたが、2010年の見直しにおいてISO 9241-210:2010としてISO 9241シリーズに統合された。
ISO 9241-210では、HCD活動を下図のように表現している。 下図の活動の繰り返しにより、最終的にユーザ要件を十分満たしたサービスやシステムができあがる。
この図から、HCDプロセスは単独の活動ではなく、開発プロセスの各所に組み込む必要があることがわかる。要件定義、設計、実装、テストの各開発フェーズのみならず、次の製品につなげるためにリリース後の評価も必要であり、製品ライフサイクル全体に対してプロセスの変更が生じる。この変更はコスト増や開発期間の長期化につながるため、敬遠したい企業も多いだろう。しかし、品質マネジメント規格のISO9001やCMMIと比較すれば納得感が得られるかもしれない。
品質マネジメントでは記録やレビューの手間が増加し、さらに得られる効果は品質向上という便益がわかりにくいものだが、バグというリスク要因を減らしている。一方、HCDの便益は利用満足度の向上であり、これも評価しにくい。しかし、満足度向上によるリピータ増加という収益効果がある。品質マネジメントとHCDにはマイナスの影響を抑えるかプラスの影響を促進させるかという違いがあるものの、ともに長期的な効果を見据えているのである。
手法は状況に応じて選択を
HCDプロセスの各フェーズでは、要件の抽出や設計の評価などの活動でHCDに関する調査・評価を実施する。しかし、ISO 9241-210はHCDの実施プロセスのみを対象としており、実際に用いる手法には言及していない。手法は各企業で開発現場の状況を踏まえて検討する必要がある。
Usability NetやUsability BoKでは代表的な手法をまとめており、その数は40近い。参考までに手法選択基準の一例を以下に挙げたい。
- 調査者のスキル ~ ヒューリスティック評価は熟練が必要なため、専門家の支援が必要である。
- 調査に必要な設備 ~ ユーザテストにはカメラやマジックミラー付きの部屋が必要なこともある。
- 調査にかけられる期間 ~ エスノグラフィは長期の観察が不可欠なため短期開発には向かない。
- 集められる被験者数 ~ アンケートには一定の被験者数が必要となる。
上記サイトには各手法のメリット・デメリットもまとめてある。それらを参照しながら適切な手法を選択したい。
プロセスを整備すれば売れるか?
残念ながら、答えは”No”である。HCDプロセスの導入が即座にヒットやリピートにつながるかどうかは何ともいえない。特にコンシューマ向け製品は広告方法にも左右される。しかし、少なくとも満足度の高い製品の開発につながっているとはいえる。品質マネジメントと同様、特に最初のうちは、長期的に効果が見込めると信じて取り組まねばならない。
短期的効果が見込まれないにも関わらず品質マネジメントが普及した大きな要因として、認証制度を忘れてはならない。「ISO 9001の認証取得=一定の品質が担保されている」とみなされている。ISO 9241-210の認証制度は現在のところ無い。しかし、環境・品質・ISMSなど標準に沿ったプロセスの重要性は既に多くの企業で認知されている。企業相手のビジネスの場合には、認証制度はなくとも独自にISO 9241-210を適用し、それをアピールすることが一定の武器になると考えられる。