家庭向けの小型化が進む植物工場

国際連合食糧農業機関(FAO)は、穀物や肉などの価格を基に計算した食料価格指数をWebサイト上で公開している。2011年はこれまでより高い水準で食料価格が推移していることがわかる。今回は、食料を安定供給するための仕組みの一つである植物工場について、その動向や課題を見ていきたい。まだ栽培可能な種類が少ない等の制限があるが、日本では2009年から2010年にかけて農林水産省や経済産業省の支援もあり、市場は大きく拡大している

植物工場とは

農林水産省では、植物工場を「高度な環境制御を行うことにより、野菜等の周年・計画生産が可能な施設園芸農業の一形態」と定義し、その中で「太陽光利用型」と、太陽光を用いずに栽培する「完全人工光型」の二つに分類している。太陽光利用型ではオランダが先行しており、収穫量の予測、制御、エネルギー管理等、多種のソフトウェアが活用されている。

一方、完全人工光型は日本が優位に立っている。今年4月には、国内最大の完全人工光型を実現した、植物工場研究センターが大阪府立大で開設されている。また将来的には宇宙空間における植物の栽培も視野に入れられている。JAXAでは宇宙での植物工場などの利用へ向けて実験を行っており、そのサンプルは現在飛行中であるスペースシャトルで回収される予定である。また、擬似的に無重力状態を作り出して栽培実験を行う装置も玉川大学に設置された

栽培ノウハウの構築手段の整備が必要

2011年5月、開発者向け年次カンファレンスGoogle I/Oにおいて、Android端末とクラウド環境を利用する植物工場が発表された。Android端末から照明量を制御し、温度や栽培状況を管理するという仕組みである。また、管理情報と栽培状況の情報はクラウド上で管理され、他の育成者と共有される。育成に最適な照明量等の情報はまだ整備されていないため、このような情報はとても有益である。

植物工場ではなく農場を対象にしているものであるが、暗黙知化しているベテランのノウハウの蓄積及び可視化等を目的としたクラウドサービスも検討されている。このような可視化されたノウハウは、植物工場にも役立てることができるだろう。

家庭向け植物工場への展開

2010年以降、家庭向けの小型植物工場の開発が活発化している。たとえば、専用ソフトウェアを利用して自由に環境をカスタマイズし、温度や照明量などを制御する水耕栽培システムがある。温度等の計測値や育成状況を植物がtwitter上でつぶやく機能等が付いている。 また、植物、藻、魚を組み入れた家庭用のミニ生態系セットも開発されている。植物のみではなく、魚も一緒に育てることにより、植物と魚がお互いにいい影響を与えるそうだ。このような形態はaquaponicsと呼ばれ、ノースウェスタン大学等でも実験的に行われている

このような家庭用の植物工場における制御データと育成状況のデータについても、マイニングを目的として大規模に集約できることが望ましい。自分の育成状況を通知することによって、より適切な制御ができるようになるのであれば、育成者は進んで情報を提供してくれる可能性が高いだろう。

普及への課題と対策は

課題の一つとして、イメージの悪さがある。安価であるが味が悪いというイメージを持つ人が多いというアンケート結果が得られている。しかし実際は、価格は高くなる傾向にあり、味は通常より良くなる可能性がある。この事実をアピールすることも必要であるが、まずは安心・安全に訴えかけてもいいだろう。温度や農薬量等のセンサ値を改ざんできないような仕組みがあれば、その通りに栽培された植物の品質が保証される。安心・安全を消費者にアピールすることでイメージの向上につながると考えられる。この場合、まずは、食品ではなく薬草などを対象にすることになるかもしれない。実際に、漢方で広く使われている甘草を、植物工場を利用して栽培する試みも行われている

また、電気を使うということが大きな課題の一つとして浮かび上がってきた。すぐに対応することは難しいが、将来を見据えて植物工場の省エネ機能の整備を行うことが必要である。たとえば夏場は電力消費のピークカットやピークシフトが望まれるが、植物工場内で冷房を使用している場合、朝方に通常以上に温度を下げておき、ピーク時には冷房を切っておく、という方針等が考えられる。合計及びピーク時の電気使用量と植物への負担の関係を可視化し、利用者が簡単に方針を決定できるような機能があると良いだろう。

前述した、栽培ノウハウの可視化も容易ではない。照度や温度等の値が長期にわたって集積されると、そのデータ量は膨大なものになる。個々の農家が独自に分析してノウハウを可視化することは難しく、地域の農家が集まってデータを共有して分析を行うといったことが考えられる。しかし、農家のノウハウは他の農家と差別化するための貴重な情報であり、安易に外部の人に情報を渡すことには抵抗があるかもしれない。植物栽培に特化したものではないためそのまま利用することはできないかもしれないが、具体的な値を隠蔽しながらデータマイニングを行う技術も研究されており、このような方法を利用することも考えられるだろう

このよう多くの課題は残されているものの市場は確実に拡大しており、情報技術が貢献できる部分も大きい。今後の進展が期待される。