おもてなしの科学 サービス工学の進展

近年、スマートフォンや従来の生活機器の高度情報化によって、様々な場面で高度なサービスを受けられるようになった。スマートフォンにおける位置情報を用いたレストランのリコメンドサービスなどは利用したことがある人も多いだろう。これは、よく利用する場所・ユーザの好みを観測・分析しサービスの品質向上を行ったサービス工学の一例だといえる。

共通基盤技術の整備が進むにつれ、お客さまへのサービスの部分に競争領域の比重は移っていく。不特定多数の利用者がいる中でどのようにおもてなしをすればよいか、その設計指針が必要である。今回はその解決策であり、センシング技術とデータマイニング技術により実用性のある研究成果が多く報告されているサービス工学に着目したい。

サービス工学とその背景

サービス工学とは、サービスを科学的・工学的によって捉え、よりよいサービスの設計や評価を行うことを目的とした方法論だ。一般的に、サービスには具体的
な実体をせず提供が終わると消えてしまう・サービスを受け取る相手によって価値が異なるといった特徴がある。そのため知見の蓄積が行いにくく、結局は現場
の接客員の経験と勘に頼るところが多かった。これに対しサービス工学では情報技術を駆使し、サービスの現場での人間行動の「観測」、観測結果の「分析」、
分析結果に基づいたサービスの「設計」、設計されたサービスの現場への「適用」を行う設計ループを繰り返すことでサービスの品質向上・効率化を目指している。

サービス工学が注目される背景の一つとして、先進国においてサービス産業はGDP比で6~8割を占めていることが挙げられる。またサービス工学の概念は2004年にIBMパルサミーノ会長を議長とする米国競争力評議会の「パルサミーノ・レポート」が”
サービスサイエンス”の重要性に言及し、学問領域として捉え専門家を育成することの必要性を訴えたことから急速に注目され始めた。以降、IBMのアルマデ
ン研究所が中心となって研究が推進され、米国の主な大学でもサービス工学の学部が設置されることとなり、他国の大学にも波及している。

日本におけるサービス工学の取り組み

日本でもサービス工学の重要性は高まっており、実用的な研究が進展している。2006年に経済産業省主導でサービス産業のイノベーションと生産に関する研究会が発足し人材育成のあり方やサービスの顧客満足度の指標についての議論が行われた。また2010年にJSTのもとで「問題解決型サービス科学研究開発プログラム(S3FIRE)」がスタートし、外国人向けの観光サービス設計・評価の工学的手法や、地方都市活性化サービス実現のための社会シミュレーションモデル等のプロジェクトが採択され、研究開発が着手された。共通して、社会的にニーズの高いテーマに対してサービス工学が適用されている。

これ以外にも、サービス工学関連の研究開発は盛んである。例えば産業総合研究所サービス工学研究センターでは、人間の認知モデルを用いてユーザの行動を観察し、その行動がどう変容されているかを知る「CCE」という手法を用いて、ユーザがリピータになっていく過程がどのようなものであるかの研究が行われている。具体的な事例としては、北海道日本ハムファイターズのファンを対象に調査したプロ野球のファンからリピータへの進化モデルの事例温泉地での観光行動を対象にユーザの行動モデルの構築を行った事例を参考にしてほしい。また同研究所デジタルヒューマン工学研究センターではユビキタスセンサ技術を用いて特に高齢者や乳幼児の日常生活をセンシング・WEB上のDBとリンクすることで事故予防をするサービスの実証実験を行っている。

またサービス工学を専門とする人材育成については、産学連携で「サービスイノベーション人材育成推進プログラム」が実施されている。

将来のサービス工学の課題

経済産業省「技術戦略マップ2008、同2009、同2010」ではソフト分野でサービス工学の技術戦略が述べられており、その中で技術上の重要項目として、高速に実行出来るデータマイニング技術、集団行動シミュレータが、ライフログ基盤技術が挙げられている。分析・モデル化技術は、先のCCEでの事例にもあったように人間の行動選択をどう捉えるかが通底する課題となるだろう。

このようなモデル化技術・分析技術を活かすためにも、データ収集に関する環境の整備が必要だ。
ユーザの行動情報はセンシング技術の発達により大規模かつ詳細に取得することができ、これは当然個人情報を含んだデータになる。どこまで取得して良いのか・どこまで利用して良いのかを製品やサービスを提供している各社毎にユーザと約束を交わすのではなく、汎用的に用いることのできるガイドラインの整備や各社がデータ収集を協力できる仕組みが必要となる。また海外展開を目指す製品上のサービス設計には、文化的差異を考慮したデータ収集・分析技術が必要であろう。先進的な事例としてS3FIREの「国別適応型サービス設計のためのサービス価値導出プロセスの観測と同定のための企画調査」では、サービス価値の国別差異を明らかにする研究開発に向けた取り組みがある。

サービス工学の進展によって、より効率的にサービスを設計することができるようになる。しかし、効率化によってサービスにおける人と人のつながりが希薄になっては意味が無い。サービス工学の原点はおもいやりの心である。サービスの授受は人と人の間で行われていることを忘れず技術・システムの高度化が進むことが望まれる。