共通IDの導入における期待と課題

高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部が平成22年5月に発表した「新たな情報通信技術戦略」において、2013年までに国民ID制度を導入することが目標として示された。今年1月、JEITA(電子情報技術産業協会)が、システム構築の観点を踏まえて、国民ID制度導入に対する提言を行ったり、2月に野村総合研究所が国民ID導入の効果を試算したりするなど、国民ID導入に向けた動きが加速しつつある。また、企業を一意に識別するための企業コードの導入も同時に進められている。

国民IDや企業コード導入の背景と課題

国民IDの導入目的は、年金記録問題など国民一人一人を識別することができなかったために生じた問題の根本的な解決や、行政コストの削減などである。国民に見える形としては、「社会保障・税に関わる番号」等が整理され利用されるとされているが、システム基盤では国民IDが利用される。また、企業コードの統一化の動きもある。現在は企業ごとに事業者コードや会社法人等番号など様々な企業番号が割り振られており、統一された企業コードは存在しない。この企業コードを統一することにより、行政サービスのコスト削減等の効果が期待されている。

導入に向けた課題としてまず挙げられるのがプライバシの問題である。国民ID制度を導入すると、個人の様々な情報が一意のIDに紐付けられることになる。そのデータベースに不正なアクセスをされてしまうと、多くの個人情報が漏洩してしまう。このような問題に対応するため、政府においても、政府機関ごとにアクセス可能なデータに制限を課す等の工夫が考えられている。また、IDの番号そのものも、秘密にすべき番号として取り扱い、秘匿性を高めたほうが良いという議論もなされている。

民間で利用されているIDとの連携も課題の一つとして挙げられる。たとえば、民間の金融サービスなどの利用の際の本人確認において国民IDを利用することが考えられる。また、現在すでにGoogleやmixi等のアカウントにも個人情報が登録されている可能性があり、これらの情報と、国民IDを連携させることもできるかもしれない。その他にも、どのように番号を振るか、情報基盤をどのように運用するか等、解決すべき問題は多く残されている。

IDで管理される他のモノたち

狂牛病の発生以来、牛の個体識別管理サービスが運用されているし、マイクロチップを利用した犬や猫等のペットのID管理サービスも存在する。ヨーロッパでは、ペットの種類、名前、マイクロチップの番号などを記録するペットパスポートが整備されている。日本においても、動物ID普及推進会議のデータから推測すると、2011年中に、マイクロチップの情報を登録しているペット数は国内で50万匹を超える計算になる。

ユビキタスIDセンターが提唱しているucodeでは、モノ、場所や概念に対してもIDを付加して管理することを目指している。 ucoderから、アカウントを登録することによってucodeの発行が可能である。ucodeは128ビット固定長の識別子であり、テキスト、URL、表のいずれかの情報を関連付けることが可能である。ucodeは何に対してでもIDを付加できる汎用性の高さが魅力の一つであるが、IDに関連付けて登録するデータ項目は整理する必要があるだろう。
これらのIDは基本的にその目的のためのみに利用されることが前提とされており、他のID基盤との連携は積極的にはなされていない。これらのIDが何らかのつながりを持つと、新たなサービスが生み出されるかもしれない。

まずは現状分析から

本来、共通IDを整備することは目的ではなく手段であり、共通IDを利用しなくても解決できる問題であれば、プライバシ漏洩等の危険を冒してまで整備する必要は無いであろう。たとえば、社会システムや制度を再編成することにより、共通IDを利用しなくても行政サービスのコスト削減や年金記録等の問題を解決できる可能性がある。しかし、共通IDを軸に考えることによって今まで複雑で見えづらかった社会システムを整理し、理解しやすくなるという利点がある。

共通IDが無い場合は、各機関がそれぞれ独自のデータ形式で個人や企業の情報を保有していれば良かった。しかし、共通IDを導入することを考えると、各機関等で利用しているデータ項目を整理し、重複しているデータや、実質的に同じ値であるがデータ名が異なるものなどを明らかにする必要が生じる。データ間の汎化関係(抽象的な概念と具体的な概念である関係)や集約関係(has-aの関係)等も整理されるべきである。これらの関係が整理されるだけで、扱うべきデータがわかりやすく管理しやすいものになる。データの整理はユースケースと合わせて包括的に考える必要もあり、一筋縄ではいかない。しかし共通IDを頼りにして現状のシステムをできる限り俯瞰し、あるべき社会システムや制度の姿を考え、その上で共通IDの導入を進めることが望まれる。