モデルベース開発で切り拓く!組み込みシステムの未来

近年、ITS(高度道路交通システム)やスマートグリッドなど次世代社会インフラが注目を浴びている。このような社会インフラを実現するには分散制御組み込みシステムが不可欠だ。例えばITSでは、信号機の制御機器をネットワークで接続し、センシングした道路情報にもとづいて効率的な交通制御を行う。またスマートグリッドでは、その末端システムである「Home
Energy Manegement
System(HEMS)」が家中の家電製品の電力消費を一元的に管理して無駄な電力消費を省く。これらの例のように、組み込み機器同士が互いに連携し、全体として効率的な制御を行えるようになることが、組み込みシステム技術の新たなテーマとなっている。今回は先進的な事例の紹介も交えながら、次世代組み込みシステムにおけるモデルベース開発の課題を考えてみたい。

活用されるモデルベース開発

たくさんの機器が連携する組み込みシステムにはモデルベース開発が有効だ。モデルベース開発は仮想モデルで仕様を書いてシミュレーションをしながら設計に修正を加えていく開発手法で、実際のふるまいを確認しながら開発するので不具合を早期に発見できたり、自動コード生成による工数の削減やモデルの一部の再利用といったメリットがある。分散制御組み込みシステムは検証すべき状態パターンが幾通りもあるため、コストを抑えて信頼できるシステムをつくるには網羅的に仮想シミュレーションができるモデルベース開発が不可欠だ。実際、モデルベース開発の導入が進んでいるのは自動車業界であるが、情報システムと自律的なエネルギー制御の組み合わせに関するノウハウが、スマートグリッド等の分野に応用されつつある。HILS(Hardware-In-the-Loop
Simulation)という、実際の車両にECUを載せた環境を模してシミュレーションを行うことができるシステムを応用し、家庭のエネルギーシステムをまるごとシミュレーションする取り組みがその代表例だ。これは、福岡スマートハウスの実証実験の事例を参考にしてほしい。

次世代組み込みシステムに向けた研究開発

異なる産業や技術領域の間の協力は次世代組み込みシステムの実現に必要な要素だ。欧米では、新たな組み込みシステム像の実現に向け、複数ドメインにまたがった大規模プロジェクトが推進されている。

米国の「Cyber Physical
Systems(CPS)」
は国防高等研究計画局(DARPA)での組み込み関連プロジェクトを受け継いでアメリカ国立科学財団(NSF)主導で開始された。主要テーマはセンシング情報を活用した分散組み込みシステムの研究・開発で、自動車・電力・医療・防衛などの分野での応用が目指されている。大学や研究機関に対し年間3000万ドルの予算が与えられ、連携システムの数理理論や、モデルベース設計手法の研究が行われている。また先日公表された米国の2012年予算案においても科学技術の優先課題にも設定された。

欧州では、第七次研究枠組み計画(FP7)の中の「協力」分野の優先テーマとしてARTEMISというプロジェクトが推進されている。取り組むべき課題として複雑システムのモデリング手法・機能安全に対応した形式手法の開発、開発環境やツールチェーンの高度化の促進、迅速な市場展開を狙った標準化戦略などが挙げられている。予算は官民で同額出資され2007年からの7年間で30億ユーロに及び、様々なステークホルダが協力できるような工夫がなされている。例えば、1つの研究開発プロジェクトに少なくとも3カ国の実行機関が参加する必要があることや、予算配分には、大・中小企業と大学・研究機関のコンソーシアムであるARTEMISIAの同意が必要であることが挙げられる。

CPSやARTEMISにおける次世代組み込みシステム像は、日本でも重要視されており、日本学術会議の「情報学分野の展望」ソフトウェアジャパン2011でもCPSが主要テーマとして取り上げられているなどの動きが見られる。日本でも様々な産業領域を巻きこんだ研究開発プロジェクトや協力プラットフォームが構築されることを期待したい。

次世代組み込みシステムの課題

さまざまな産業領域にまたがる組み込みシステムのモデルベース開発には、モデルを統合する必要がある。その際に大きな課題となるのが、処理のタイミングの扱いである。組み込み機器は現実の時間ではなく、内部の相対時間に従ったタイミングで処理を実行している。そのため、同種の処理を実行する組み込み機器であっても、そのハード性能等によって処理のタイミングがずれてしまう可能性がある。例えば、ボーイング777機では、1992年に作られたマイクロプロセッサを現在でも使用している。これはプロセッサのアップグレードで処理のタイミングがずれる可能性があり、莫大なコストがかかるシステム全体の検証が必要になるからである。このような問題に対する取り組みのひとつとして、CPSプロジェクトに採択されているカリフォルニア大学バークレー校の研究センターCHESS(Center of Hybrid and Embedded Software
Systems※)
では、時間概念を導入したソフトウェアセマンティクスが研究されている。

また、組み込み機器を実際に利用する人間のモデル化も必要な要素だ。一人でなく多数の人間が組み込み機器に触れる環境で、全体として最適な制御を行うシステムの開発・検証には様々なタイプのユーザをモデル化しておく必要がある。人間の認知機構のモデル化は難しく、モデルベース開発におけるフィードバックループ内に組み入れることができる程度の人間モデルはまだまだ構築段階であるが、大規模組み込みシステム開発に与える効果は大きく、その進展を期待したい。

日本企業が先導的な役割を果たしてきた組み込みシステムは今大きな変革を迎えつつある。蓄積してきた組み込み技術・人材を活かすためにも、新たな複合領域に組み込み技術者が挑戦できるよう、異種産業にまたがるモデル統合の議論の場などの基盤づくりが必要であると考える。また大学においてもモデルベース開発の実践や複合領域での事業機会を特定できる素地の教育が望まれる。

※”Hybrid”は、離散的なデジタル世界と、連続的な実世界とを扱うことを示している。