「モバイルAR」から「AR」へ

スマートフォンアプリの増加は著しく、「モバイルAR」と呼ばれる分野も例外ではない。昨年初めにセカイカメラが注目されたと思っていたら、現在では列挙するのにも苦労するほどである。しかし、モバイルARが技術的には2種類に大別でき、それぞれまったく異なる技術が使われていることは、IT系ニュースを見てもあまり伝えられていないように思う。

位置情報利用型AR

セカイカメラのように位置情報(GPSやコンパス、ジャイロ)を用いたアプリケーションである。センサから情報を取得するだけで位置が把握でき、最も簡便に開発できる方法である。一方で位置精度は悪く、数10m程度の誤差も珍しくない。したがって建物内での利用は難しく、街路での利用が中心である。室内での精度向上を目的として、無線LANの電波を使って位置を把握するPlaceEngineという技術も開発されているが、それでも数m程度の誤差が生じる。

マーカー利用型AR

たとえばIKEAのアプリケーションでは、自分の部屋にあたかも商品の家具が置いてあるように携帯電話の画面上に表示することができる。このようなアプリケーションでは、誤差は10cm程度に抑えたい(それ以上になると、家具が壁に埋め込まれたり、宙に浮いているように見えてしまったりすることになる)。それを実現するために白黒の市松模様のようなマーカーを利用している。マーカーを印刷した紙を床に置き携帯電話をかざすと、その位置に家具があるように表示されるのだ。

この方式は精度が高い一方で、マーカーの見栄えが悪い、マーカーを用意する手間がかかるとった課題がある。そこで、より一般的な画像をマーカー代わりに利用することもある。たとえばエア・ファーファでは、商品のパッケージをマーカーとして利用している。

これらのマーカー方式では、カメラが撮影した画像を処理し、マーカーのパターンが画像のどこにあるのかを探索する。するとマーカーの大きさや向きが計算できるため、実世界でのマーカーまでの距離や向きがわかるという算段だ。

これらの処理にはある程度の画像処理の知識が必要である。そのため、簡単にアプリを開発するためにARToolKitUnifeyeなどのARライブラリが提供されている。ARToolkitやUnifeyeは市松模様型のマーカーにのみ対応しているが、先日Qualcommが無償提供を開始したQCAR SDKは任意の画像をマーカーとして使える。専門知識がなくとも開発できるようになり、マーカー型アプリの開発が加速するのは間違いないだろう。

マーカーレスAR

現在実用化されているのは以上の2方式だが、まったくマーカーを使わない方式も開発が進んでいる(PTAM)。カメラで撮影した画像から物体の角や直線など特徴的な点を見つけ、机や床などを認識することができる。このような処理は計算量を必要とするが、近年のモバイル機器の高性能化により、実用化が近づいているのだ。デモではiPhone上でプログラムを動作させ、机の上にキャラクターを走らせることに成功している。

今後のアプリケーションは上記3つの技術を組み合わせて使うようになっていくだろう。たとえば美術館などでは、マーカーレス型で床を認識して仮想ガイドが通路をナビゲーションし、特定の展示品に近づくと展示品自体をマーカーとして認識して説明を開始する。あるいは、位置情報を用いて街路のナビゲーションをし、マーカーレス技術を用いて道路に矢印を表示するといった具合である。上記技術だけで不足する場合には、以前のコラムで紹介したSLAMを使うこともありうる。

正直、位置情報型のARが「モバイルARだ!」ともてはやされたとき、筆者はARというよりも「ロケーションベースサービスの拡張」というのが適当だろうと考えていた(マーケティング的には「モバイルAR」と名づけたことにより成功したといえる)。マーカー型アプリが出てきてようやくARらしくなってきた。そう思っているうちにモバイル技術の進展は予想以上に早く、マーカーレスすら現実的になってきている。

ARアプリはエンターテイメント的なものがまだまだ多いが、ARは本質的には「現実を拡張」することで情報をわかりやすく提示する技術である。そして拡張するのは視覚に限らない。日本では「超臨場感」と呼び以前から視覚以外を拡張する研究も積極的に進めている。それらの技術の実用化も期待したい。