世界に誇る日本の組込みシステム技術

6月13日、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が開発した小惑星探査機「はやぶさ」が7年にわたる航行を終え、地球に帰還した。月以外の天体との往復は世界初の快挙である。地上とはやぶさ間では、通信時間が数十分にも及ぶため、カメラやセンサーなどから取得した情報を元に、地球からの命令を待たずに軌道や姿勢の制御を行う必要がある。そのため、はやぶさにはこれらの制御を行うためのコンピュータシステムが搭載されている。

このように、特定の機能を実現するために、機器に組み込まれるコンピュータシステムを組込みシステムと言う。2011年から運行を開始するE5系新幹線列車の愛称が小惑星探査機と同じ「はやぶさ」に決定したが、新幹線も組込みシステムによって制御されている。他にも携帯電話、洗濯機、自動車なども、組込みシステムによって制御されている例である。

はやぶさ探査機に搭載された組込みシステム

はやぶさ探査機には小さな小惑星イトカワに正確に接近するための光学航法システムなどが搭載されている。光学航法システムは、星を背景にイトカワの写真を撮り、その写真を解析することによってイトカワの方向を算出する仕組みなどからなる。この結果を用いて、イトカワまでの正確な軌道を随時計算することに成功した。

また、イトカワへの着陸における大きな課題は、イトカワの自転(水平方向への回転)をどのようにキャンセルするかということであった。惑星への着陸において高度の計測は比較的容易に行えるが、自転速度の観測は難しいためである。たとえば、NASAの火星探査車「ローバ」では、着陸時の衝撃を吸収するためにエアバッグが利用された。はやぶさ探査機では、人工的なマーカーをイトカワに向けて投下し、2秒ごとにフラッシュを照射して位置を観測する手法を取った。フラッシュを照射しないで撮影された画像と比較し、マーカーのみを抽出する処理装置が搭載されている。

輸送機器を制御する組込みシステム

新幹線も組込みシステムによって制御されている。6月19日、ベトナムでの日本式新幹線導入計画がベトナム国会で否決されてしまったが、すでに台湾や中国には日本の新幹線が輸出されており、日本の新幹線の技術は世界でも高く評価されている。たとえばN700系などの新幹線には、カーブを速く安全に曲がるための車体傾斜制御システムが搭載されている。自動列車制御装置(ATC)によって計測される新幹線の位置や速度の情報からカーブを曲がるための適切な車体傾斜を計算し、車体に備え付けられた空気ばねの高さを調整する。

自動車も近年電子化が急速に進んでいる。ハイブリッド車や電気自動車では、電気を制御するための組込みシステムの機能が必要になるため、組込みシステムの重要性はさらに高まる。たとえば、三菱自動車から発売された電気自動車であるi-MiEVでは、故障や衝突をセンサーで検知し、高電圧系機器に損傷が予測される場合にそれを遮断する機能などが装備されている。このような流れを受けて、2015年には自動車における組込みシステムの行数は1億行に達すると考えられている(経産省資料)。

要求される組込みシステムの高い安全性

自動車や新幹線などの組込みシステムに不具合が生じると多くの人命を危険にさらしてしまう可能性があることから、組込みシステムの安全性は特に留意する必要がある。新幹線を制御する組込みシステムでは、同じ機能を実現するソフトウェアを複数別々に開発して搭載することも行われている。いずれかのソフトウェアに不具合がある場合は、出力が一致しない。この場合、すぐにシステムを停止させるような制御を行っている。

また、悪意のある攻撃への耐性も考慮する必要がある。5月19日、攻撃者が自動車の組込みシステムに侵入し、エンジンをかからなくさせたり、ブレーキを制御不能にしたりすることが可能であるとの論文が、セキュリティとプライバシに関する最高峰の学会で発表された。高度な技術を利用しての研究成果であるため、このような攻撃が実際に行われる可能性は低いと考えられるが、危険性は認識しておく必要があるだろう。実際、自動車の組込みシステムの機能の一部を変更するツールを配布しているサイトもある。

財務省貿易統計によると、2009年の日本の輸出総額に占める組込み関連製品の割合は55%に上る。だが近年は、韓国や中国の成長がめざましい。日本の組込みシステム製品は高価格・高品質であるが、世界で戦っていくためには、コストを抑えて低価格製品を開発する必要もある。標準化できる部分やツールで自動化できる部分の開発コストを低減し、高い付加価値を実現する領域へ開発資源を集中させるなどの工夫が必要になってくるだろう。