なぜアップル製品が注目されるか
6月8日の午前2時、皆さんはなにをして過ごしていただろうか。深夜、ワールドカップはまだ開幕しておらず、大半の人は寝ていたかもしれない。しかし筆者はアップルの開発者イベントWWDC 2010の基調講演を見ていた。講演の目玉は、スティーブ・ジョブズCEOによるiPhone 4の発表である。公式のライブ中継があったわけではなく、ネットメディアがブログやUstreamなどさまざまな方法で中継を行っただけなので、合計でどれだけの人数が見守ったのかは分からない。しかし一般の新製品発表会とは桁外れの人が世界中で見ていたはずだ。
なぜ大勢がアップルの発表会に注目したのか。アップルには昔から熱狂的なファンが存在する。そもそもアップルはマイクロソフトを抜き、今や米国最大の時価総額を誇るIT企業である。おまけにiPhoneは大ヒット商品で、この日に次世代モデルが発表されることは確実視されていた。
しかし大前提を忘れてはいけない。それは、そもそもアップルの発表会が、大勢が視聴できる場であったということだ。ふつう新製品などの発表会は、マスメディアの記者など、限られた相手に対して行われる。記者は終了後に記事を書き、それを消費者が読む。しかしアップルは開発者イベントで発表した。ネットメディアの生中継も容認・黙認されていた。もしアップルがマスメディア向けだけにiPhone 4を発表していたら、ネットでこれだけ話題になることはなかっただろう。筆者も寝不足にはならなかった。
ネット時代のスピード感
発表会の内容でも感心したことがある。ひとつは、iPhone 4の開発者向けリソース(SDK)が即日公開となったこと。そしてもうひとつは、発売日が発表からわずか3週間後であることだ。予約開始に至っては1週間後であった。コンシューマー製品は発表から発売まで一ヶ月以上待たされることが多いが、アップル製品は発表即発売となることも珍しくない。今日の消費者は、ネットを使ってすぐに商品を購入できるし、ネットメディアを使って情報発信をすることもできる。このスピード感を逃しては、どれだけいい製品を作ろうともすぐ忘れ去られてしまう。だから消費者を巻き込んだ発表会、発表後すぐに消費者の手に届けられる体制、このふたつが好調アップルを支えているのではないか。
日本でも同じようなことを試みる企業がある。たとえばiPhoneを国内で販売するソフトバンクだ。3月28日、同社は一般消費者を招いた創業30周年イベント OPEN DAYで、新製品HTC Desireの発表を行った。日曜日の製品発表は従来の慣習に慣れた大手メディアにはさぞ面倒だっただろうが、イベントに参加した消費者やネットメディアには新鮮だっただろう。また同社の夏・秋モデル発表会はUstreamで中継され、Twitterで集めたコメントを何度も紹介していた。それは新製品そのものさえ脇に置くような消費者参加型イベントであり、マスメディアはただ目撃者・記録者として参加させられているだけのように見えた。
もっと消費者と向きあう体制を
インターネットからはメール、ウェブサイト、ブログ、SNSなど様々なメディアが生まれてきた。しかし多くの企業はただ型通りの情報を発信するだけで、ネットメディアをいまだに有効活用できていないのではないか。プレスリリースひとつとってもそうだ。筆者は仕事の都合上さまざまな企業のプレスリリースをネットで読むが、いまだにマスメディアへFAXで送付するのと変わらない、文字ばかりのプレスリリースを書いている企業が多い。なぜもっと消費者に読んでもらえるような、ブログなどのネットメディアに取り上げてもらえるよう心がけないのだろうか。たとえばソニーはプレスリリースに動画を折り込み、他のウェブサイトに貼りつけることさえできるようになっている。政治の世界でも、事業仕分けの生放送が大きな話題となった。こういう試みはもっと増えないだろうか。
期待はできる。Twitterが流行したおかげで、消費者と積極的にコミュニケーションをとる企業が増えた。筆者のお気に入りを挙げておくと、事前に抱くイメージとはまったく異なるNTT広報室、はやぶさ帰還の直前にもオタクネタを忘れなかったJAXA、そしてすっかりTwitter企業アカウントの代表例となってしまったダジャレ王のカトキチなどである。こうしたTwitterアカウントのおかげで企業が身近になったという人は増えたのではないだろうか。近頃はモノが売れない時代と言われているが、まず消費者と向かいあうことはできているだろうか。インターネットはまだまだ活用できるはずである。