消費者の心を掴む「体感型」売場作りへ

昨今の経済状況を受け、消費者の消費意欲の減退が激しい。夏休みシーズン真只中ではあるが、今年の夏は例年に比べ外出を控え、節約志向の夏を過ごす方も多いことであろう。そのような節約志向の煽りを最も受ける産業のひとつが小売業である。中でも百貨店業界の置かれている環境は厳しい。離れた消費者の心を再び掴むため、「体感型」の売り場作りのためのIT活用について考えてみる。

ニーズの多様化への対応の遅れ

百貨店業界の市場規模は近年減少の一途を辿っており、2008年の市場規模は約8兆円とされる。業界再編の動きも活発である。近年では西武百貨店とそごう、大丸と松坂屋、阪急百貨店と阪神百貨店、伊勢丹と三越、といった大手百貨店ですら経営統合を行った。経営統合により得られる規模のメリットを活かした仕入れコストの削減や不採算店の閉鎖により、各社生き残りを賭けている。

百貨店ビジネス低迷の背景には、デフレの影響により、消費者がより安いものを求めているということも一因として考えられるだろう。ただ、それ以外に、消費者のニーズが多様化する中、十分な売り場の差別化を講じられなかった百貨店が、消費者にとって買い物をする場としての魅力が薄れたことが一因と考えられるのではなかろうか。

そもそも本来の百貨店の魅力は、家族全員が「体感」しながら買い物できる楽しさを提供することであった。お母さんは化粧品売り場でお化粧をしてもらい行き着けのブランドで店員さんの手厚いおもてなしを受けながら買い物をする、その間にお父さんはゴルフコーナーでパターの練習、子供は屋上庭園で疲れ果てるまで遊ぶ、というように百貨店は家族全員にとっての楽園であった。

しかし時代は変わり、消費者の生活レベルが向上したことにより、消費者の買いたいもの、体感したいことが多様化しすぎた。そのため、百貨店が消費者一人一人の要望に対応できなくなってしまった。

必要なのは「あなただけの」情報提供と、体感によるわくわく感

ではどうすれば多様化した消費者ニーズへ対応し、消費者の満足のいくおもてなしを通じて消費者の欲しい商品を提供できるようになるのか。

そのひとつがネット情報とリアル店舗での体感の融合である。百貨店の落ち込みの背景として、消費者が百貨店からネットへシフトしていったこともあるであろう。ネットには、口コミ情報も豊富であり複数店舗における価格の比較も容易という、情報収集のしやすさに利点がある。一方で、商品を試して買うといった体感によって消費者が得られる満足度は、ネットよりもリアル店舗の方が優れている。より消費者のニーズに応え心を掴むには、ネットとリアルの双方の利点を活かしたサービスが必要になってくるのではないか。化粧品口コミサイト「@cosme」ではRF-IDを利用して、店頭で商品をRF-IDリーダーにかざすとネットで集約された商品の口コミ情報が閲覧できるサービスを行った。このサービスではネットと同等の豊富な情報を得ながら体感型の買い物が行えることが魅力である。

RF-IDの活用事例は他にもある。資生堂・三越・富士通では、「百貨店業界における電子タグ活用拡大実証実験(フューチャーストア実証実験)」の中でRF-IDを活用した仮想リアルタイムメイクアップシステムの試みを行った。商品をRF-IDリーダーにかざすと、カメラで撮影した自分の顔写真に画像処理が施され、あたかもその商品を実際に試したかのような疑似体験ができる。化粧品売り場で販売員に接客してもらうと、「買わなければいけない」という義務感に迫られ気軽に試せないという消費者も多いであろうが、このシステムであれば気兼ねすることなく体感型の買い物を楽しむことができる。

また、デジタルサイネージの活用も考えられる。伊勢丹では、従来のポスターやコルトン看板に変わる広告ツールとしてデジタルサイネージを導入している。しかし現状の用途は、「マス」への情報発信を行うものであり、消費者の多様化したニーズに応えるためには、よりターゲットを絞った情報発信・サービスが必要になってくる。

ターゲットを絞ったデジタルサイネージによる情報発信については、顔認識技術とデジタルサイネージを組み合わせたサービスが行われている。TruMediaでは顔認識技術により映像を分析し、視聴者数・視聴時間・性別・年齢等を推定し、視聴者に応じて配信広告を切り替える視聴者測定システム「iCapture」を提供している。これらの個人属性識別技術が進むことにより、更にターゲットを絞った情報発信が可能になる。

技術発展により実現される「体感型」のおもてなし

技術が更に発展すれば、「携帯電話をデジタルサイネージにかざすと個人が特定され、その人の嗜好に合ったおすすめ商品やコーディネート方法等が、売り場情報と紐付け携帯電話に配信される」、といったサービスが実現する日も近いであろう。

実用化に向けて、ハード面・コスト面においても課題はある。しかしこれらのサービスは、かつて百貨店が提供していた「体感型」の購買体験を消費者に提供すると共に、「現代版おもてなし」を提供する一助となるのではなかろうか。百貨店の将来は、「来て楽しい」と思わせる売場作りにかかっている。その打ち手としてITの活用が急がれる。

本文中のリンク・関連リンク: