IT化する医療・健康サービスで疲れないために

「電子カルテの入力が大変だ。処理する量が増えると疲れるし、入力する人を教育するのも大変だ。処方した薬の情報を入力するのは楽だが、症状
を入力する負担が大きい…。」と、知り合いの医院長先生にぼやかれた。

このところ、医療・健康サービスのIT化に追い風が吹いている。米国の2月に成立した景気対策法では、医療関係のIT投資に190億ドル以上が充てられ、 日本でも「
ジタル新時代に向けた新たな戦略(三か年緊急プラン)
」で健康サービスも含む「医療」が重点プロジェクトに指定されている。

本稿では、このぼやきと追い風を受けて、IT化する医療・健康サービスと人々の意欲や疲労感との関係について考えたい。

IT化に加えて何が必要か

医療・健康サービスのIT化により、まずは一般の人々が恩恵をうけるべきなのだが、医療・健康サービスについては、本サイトでも紹介してきたサービ
スの展 開(参考記事:『運動の見える化技術の普及』、『ケータイがメタボを解消する
』)は一般に歓迎されるだろう。ただ、少なくとも著者はそうなのだが、健康サービスを習慣的に使い続けることはそう簡単ではない。一般の
人にとって利用を継続したくなる仕組みが求められている。

他方、医師にはメリットがある反面で負担も大きいのが実情のようだ。IT化により金銭的な恩恵に預かれるのは保険
会社や会計課であって、医師ではないと言われている
(同記事ではさらに、投資収益率の保証の無いソフトウェアに大枚はたいて、そのうえソフトウェアによっては乱立するベン
ダ間の競争の過程で消えてしまう…という辛口な記述もあるが、これは本稿の趣旨を越えているので飽くまでご紹介にとどめる。)医師の場合、IT化への対応
により報われる仕組みが求められている。

一般人の意欲を維持するために

まず、一般人が健康サービスの利用を続ける仕組みであるが、そのためには、できるだけシンプルな操作の結果、インセンティブとフィードバックを与えること
が良いようだ。心理学に基づくとされる2つの例がある。

インセンティブを与える例としては、結核治療の支援を携帯電話を使って行う「X out
TB
」がある。結核は日本にいると危機感もそれほど無いが、世界では毎年多くの人が命を落としている (2007
年は175万人
)。結核治療では、半年くらい服薬を続ける必要があるのだが、途中で止めてしまう人が意外にも多い。そこでX out
TBでは巧みに人の心理に訴えかける仕組みを入れている。薬をきちんと飲んでいると、日々の尿検査で専用の検査シートに数字が浮かび上がり、その情報を毎
日登録し続けると携 帯電話の無料通話時間をもらえるというものだ。

フィードバックを与える例としては、UbiFit
ある。こちらはIntelやワシントン大で研究されている段階だが、専用のセンサーデバイスを腰のあたりに付けると、有酸素運動や筋トレなどの活動を自動
的に判定し記録が蓄積される。その情報 は無線で通信している携帯電話の画面を通して
確認することができるほか、活動量が増えるごとにそれぞれの活動種目に対応した花が咲きはじめ、ノルマを達するとやがて満開になり蝶々がひらひらと舞う、
いう形で利用者にフィードバックされる。

これらの原理に基づくサービスの選択肢が増えれば一般人にとってはありがたい。

医師の意欲の維持と、医療・健康事情の異なる地域の事例に学ぶこと

では、医師側にとってのインセンティブとフィードバックは何だろうか。

インセンティブという意味では、業務の効率化などIT化による本来の恩恵はもちろんあるだろう。ただし、「電子健康記録などを取り入れた病院や医師
へのイ ンセン ティブが170億ドル近くを占める」(参考
という直接的な方法が現実的には最も訴求力があるのかもしれない。

フィードバックについては、かねてより期待されている、医療情報のデータマイニングによる可能性を考えてみたい。現在、データマイニングの手法を用いた、
まれ な病気の診断システムなどが研究されている(参考例)。まれ
な病気の患者を診察する機会は、一人の医師に対して非常に少ないためシステムによる支援をするという試みである。例えば診断システムに関して、ある症例の
データを適切に入力したことで他の診察の助けとなったこ
とを、入力した人にフィードバックできないだろうか。診断システムの精度を高めるためには、症状の入力が重要になってくるのだが、冒頭挙げたように症状を
入 力するのは負担がか かる。診断システムへの貢献度を評価し、その評価に応じてインセンティブを与える枠組みを作れないだろうか。

最後に、冒頭の「入力するのに疲れない、入力するのに教育コストのかさまない」という話に戻ると、医師数が日本よりも少なく、設備にも恵まれていない地域の事
例を知る機会も増えているので、そこから何か学べないだろうか。例えば、O’Reilly ETech
2009に印象的な

あった。そこでは誰でも入力できるようなタッチパネルに巨大なボタンというシステムが紹介されていた。治療以前にHIVなどの検査が
多いために運用されているシンプルなシステムだが、本当に使ってもらいたい機能に特化したシンプルな作り、システムにさわる人が誰でも使えることを望んだ
作りになっ
ている。これは極端な例だったが、こうした事例は医療関係のソフトウェアを海外に売ろうとする時だけではなく、国内でも疲れない仕組みを考えるうえで使え
るのではないだろうか。

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