サブプライム問題に端を発する金融危機は100年に一度の危機といわれており、日経平均も昨年1年間で42%下落した。各国の金融緩和をはじめとする施策にもかかわらず、未だ、出口が見えない状況である。ここでは、金融資産のリスク管理システムのごく基礎的な話をベースにこの問題を考えてみる。
金融資産のリスク計量
さて、随分前になるが、筆者も、金融機関のリスク管理システムの設計・開発に係わっていたことがある。金融機関が自身で運用する商品(株、債券、先物、オプション、為替等)について、それぞれの市場指標(日経平均、TOPIX、イールドカーブ等々)が、一定期間(1週間、2週間)で一定水準変動(標準偏差の2倍、3倍、4倍)した際の、各商品及びポートフォリオ全体の最大損失(VaR:Value At Risk)を計算するというものである。
それぞれの商品は、相関があるので、ポートフォリオ全体のリスクは、個々の商品の相関係数をマトリクス化した共分散マトリクスにより計量される。 リスク計測のためのシミュレーションは、原資産が標準偏差のN倍とした状況によりシミュレーションする方法と、過去の状況を現在のポジションに当てはめてシミュレーションする方法(ストレステスト)がある。オプション系の商品は、もう少し複雑な計測方法を用いるがここでは省略する。
INPUTデータの精度
特に株式や為替などは、期間あたりの原資産の変動をどこまで想定するかで、リスク量が変わってくる。この想定が難しいという側面はあるが、しかし、機械的に確率的なリスクを計量できる。債券については、一般的に、金利が上昇すれば債券価格が下落するといった金利感応性と、発行体の信用度が低下(デフォルト確率が増大)すると、債券価格が上昇するという信用度に対する感応度の2つの側面がある。金融機関は、債券の信用度を格付会社の評価結果によって、実施している部分が大きく、信用度の低い債券は、大目のリスク係数を掛けて評価するが、その根拠は、あくまで、公開情報に頼っていた。今回問題となった、サブプライムローンは、住宅ローンに関する債券を証券化という手法で切り売りしたものであり、かつ、その過程で、優良なものと劣悪なものを混合したことにより、信用度が評価しにくくなってしまったこと、および、信用度を評価する格付会社も、十分な精度でこの状況を評価していなかったことが問題であった。 リスク評価の仕組みは、このように、決まった手法があるが、そのINPUTとなる情報の精度が悪ければ、リスク評価そのものの精度が悪くなるのは必然である。
モデルと現実
さて、この金融危機を別の角度からみてみよう。上でも触れたように、リスクとは負の方向のブレである。そのブレが”通常の”想定内か否かは、原資産の実変動が標準偏差の何倍であるかで評価できる。これは、ヒストリカルボラティリティとして知られている。例えば、日経平均の平常時のヒストリカルボラティリティは、金融危機以前は、概ね10〜20%台であった。この20%というのは、1標準偏差(68.26%)の確率で、日経平均が1年で20%変動(上下)することを意味する。ところが、昨年1年の変動率は、42%という大きな変動であったため市場が大混乱した。
そもそも市場のデータは、正規分布するのか、という問題がある。経済のみならず、多くの社会現象を統計的に捉えるのに正規分布を元にすることが多々あるが、これは、種々の統計モデルが、正規分布を元にする方が計算し易いという理由からである。しかしながら、実際の分布は、べき分布といわれる、正規分布より裾野が広く・厚く(ファットテイルと呼ばれる)中心がより盛り上がり、場合によっては、中心がややずれている分布であることが知られている。このような分布を加味したモデルであれば、より安全サイドにリスクを評価できる。
上で述べたように、リスクがブレを現すものなら、リターンはリスクと表裏一体をなす。外資系投資銀行などは、レバレッジを含め、リスクを取りすぎていたというのは、いうまでもないが、リスクを極端に落とすと期待するリターンも得られない。サブプライムローンの証券化商品のようなものを採用するかしないかは運用者次第であるが、リスク管理システムは、これらをできるだけ精緻に把握して、状況を再現できなければならない。ただ、そのためには、INPUTとなる個々の商品のリスクと、現実に即したモデルを正確に表現できる必要がある。