情報教育はプラグを抜いて

高等学校の学習指導要領が10年ぶりに改訂され、3月9日に 告示された。新学習指導要領では、「生きる力」を育むことを目的とし、具体的な手立てとしては、道徳教育や体育、芸術、文化に関する教育の充実に加え、「基礎的・基本的な知識・技能の習得」、「思考力・判断力・表現力等の育成」が謳われている。

教科「情報」の課題

さて、高等学校においては、平成15年度より普通教科「情報」が設置され、情報化社会におけるリテラシと基礎技術の習得が目的とされている。ところが、現状においては、この教科「情報」はさまざまな問題を抱えている。

まずもっとも大きな問題は、専門的に教えることができる教員が絶対的に不足していることである。実際、情報技術を専門的に学んだ教員が学校にいることはむしろ少なく、他の教科を専門とする教員が兼任し、対応に苦慮しているというのが現実であろう。この結果として、また、大学受験での科目としてはいまだ採用されるケースが少ないことなどもあって、教科「情報」は高校においては軽視されがちである。

世界史等の教科と同様の未履修問題が露呈したことや、他の教科への実質的な振り替えが発生していることもその結果である。また、内容的にも、パソコンやネットワーク環境の不備(不足)により十分な教育が行えないといった問題や、結局メールソフトやオフィスソフトの使い方の授業になってしまい、むしろ生徒の方が詳しかったりする、という笑うに笑えない話も聞く。この結果、教科「情報」の教育成果が大学からの期待に応えるものとはいい難く、情報処理学会でも以前より 警笛を鳴らしているが、この責任を高校に問うこともそもそも無理があろう。

新指導要領では技術要素が抽象化

今回の新学習指導要領での教科「情報」での主な変更点は、従来「情報A」、「情報B」、「情報C」と呼んでいた科目に対して、「情報の科学」、「社会と情報」といった形で、技術知識とリテラシーという2つの方向性を明確に打ち出した点が挙げられる。また、高等学校学習指導要領の 新旧対比表を見ると、情報社会の課題と情報モラル、情報セキュリティや個人情報保護など、昨今のITをめぐる社会的な問題やリテラシーについて、具体的かつ重点的に記載されているのに対し、技術的な要素については、コンピュータの仕組みと働きに関する具体的な記載がなくなるなど、決して軽視されているということではないものの(むしろ重視されているはずである)、表現としてはやや抽象的なものになっている。

現行の指導要領では、具体的にソフトウェアやプログラミング言語の習得を通じた技術の理解、といった内容も挙げられていたものの、実態としてはこの通りに技術の本質を指導することが困難であったという現状を鑑みて、今回は、指導要領としては具体的には規定せず、技術面でどこまで深入りするかは、教材や今後の検討、また現場の判断に委ねるということではないだろうか。

基本原理を興味深く学ぶ教材

新高等学校学習指導要領は、平成25年度入学生から年次進行で実施されることになり、今後、教科書や指導方法が具体化されていくことになる。上で見たように、具体的にどのような形で技術の本質をわかりやすく教えていくかは、どのように良質な教材が用意できるかにかかっているといってもよいだろう。

生徒だけでなく、おそらく教師も教えていて楽しくなる教材のひとつとして、 Computer Science (CS) Unpluggedがある。ニュージーランドのカンタベリ大学 Tim Bell 教授が開発したコンピュータを使わない(unplugged な)情報教育方法で、カードやゲームを通じて、データ構造とアルゴリズムの原理(たとえば、二進数、データ圧縮、アルゴリズム、オートマトン、画像処理等の原理)を学ぶことができるようになっている。

たとえば、輪になってお互いにボールを渡しあうことで、デッドロックの発生やその回避方法を考えるといったものや、ポエムの文字列を使ってデータ圧縮の原理を学ぶといったものがある。これらはもともとは小学生向けの教材であったが、内容的には十分に高等学校でも利用できるものである。実際、国内での 実践事例もあり、「コンピュータを使わない学習活動を取り入れることで、情報に対する苦手意識をなくし、「わかる」「楽しい」「印象的な」授業を行うことができた」と報告されている。

また、かなり古い本にはなるが、 「はじめて出会うコンピュータ科学」 は同じく小学生向けに、情報処理の基本的な原理について、わかりやすく書かれた本である。書籍版は絶版になっているようであるが、このような本が現在の新しいトピックなどもうまく組み入れて、今後教科書として出てくることを期待したい。

情報教育は、まずパソコンの電源を入れてソフトウェアの使い方を学ぶというところからスタートする例が多いように思う。高等学校に限らず、大学の教養課程においても、このような実習から入っているところが多いようにも聞く。オフィスソフトウェアの使い方を学ぶのは実務レベルでいえば有用性は高いかもしれないが、一部を除けば決して楽しいものではないだろう。むしろ、技術の基本概念やなぜその技術が開発されるに至ったのかといった歴史的経緯も含めて学ぶことにより、これを実際のコンピュータ上で試してみたいという動機付けこそが必要ではないだろうか。新指導要領の実施にはまだ時間があるが、まずは現場の担当教員が楽しさを実感できるような教材、教科書作りを期待したいところである。

最後に、やや余談になるが、筆者は以前より、(情報に限らず)日本語で書かれた理科系の教科書はあまり「面白くない」と感じている。海外では、ものすごいエネルギーを投じて書かれたであろう歴史的名著とも呼べる教科書がたくさんあり、つたない英語力でも読んでいても楽しい。このような教科書がなぜ日本に少ないのか、といった点も今後の理数教育におけるひとつの大きな課題ではないだろうか。