アメリカで話題のHulu
2008年を振り返ったとき、一番話題になったウェブサービスはなんだろうか。有力候補の一つはHuluだろう。
Huluはいわゆる動画配信サービスで、それぞれメディア・コングロマリットであるNews CorpとNBC Universalのジョイント・ベンチャーとして作られた。News CorpはFOX、NBC UniversalはNBCと、共に四大テレビ局の一つを保有しているため、日本でも人気の「24」「シンプソンズ」「プリズン・ブレイク」など、他の動画サイトにはない(あるいは違法コンテンツとしてある)テレビ番組を公式に、無料で楽しむことができる。その他のコンテンツプロパイダーとの提携も進み、映画やスポーツ番組の配信も始まっている。Nielsen Onlineの調査によると(PDF)、2008年10月のユニークユーザ数は約900万人。8000万人以上を集めたYouTubeには及ばないが、収益性では既に互角というTechCrunchの分析もある。
いや、本当か? YouTubeはよく知っているけれど、Huluなんて初耳だぞ、という方も多いのではないか。実は筆者もHuluについてはほとんどが伝聞で、自分で動画を見たことがない。なぜなら、Huluは米国内でしか観られないよう、アクセス制限がかかっているからである。
アクセス制限されるサービス
インターネットにおける国単位のアクセス制限というと、どこかの国が自国に不都合な情報を検閲しているとか、国が違法情報やポルノへのアクセスを制限するようプロパイダに命令したとか、そういった文脈で挙がることが一般的だった。しかし最近は、そうした政治・社会的的理由ではなく、経済的理由でアクセス制限を課す例が目につくようになってきている。
例えばHuluと同じ動画配信サービスであるMTV Musicには、古いものから新しいものまで多くのミュージック・クリップが公開されている。しかし、開始後しばらく経って、とつぜん日本から観ることができなくなった。
お馴染みのアマゾン・ドットコムは、アメリカではAmazon MP3というDRM(デジタル著作権管理)制限のないMP3楽曲をオンライン販売するサービスを行っている。DRM制限のない楽曲は様々な環境で再生できるので消費者にとって便利だが、日本からは購入できない。同様にアップルのiTunesもアメリカでは全楽曲でDRMを撤廃して販売することが明らかになったが、日本での対応は不明のままだ。
Pandraも海外では人気を集めながら、アクセス制限のため日本ではほぼ無名のサービスである。Pandoraはいわゆるインターネットラジオで、かかってくる曲をユーザが評価すると、どんどん自分好みの曲を流してくれるようになるという特徴がある。
反対もある。例えば、日本の動画配信サービスのgyaoは海外から観ることができない。また、mixiはユーザ登録時に日本の携帯電話のアドレスか、プロパイダーの提供するアドレスが必要なため、国外のユーザは、日本人であっても、利用が難しい。携帯電話用サービスに至っては携帯電話キャリアや機種の壁があるため、ドメスティックとさえ言い難い。
まとめてみると、アクセス制限にかけられるのは映像・音楽配信サービスが中心であることがわかる。デジタルコンテンツを取り扱うサービスは、著作権などの法制度や権利処理の方法が国によって異なるため、全世界で同じように提供するのが難しいのは確かである。昔のインターネットには映像・音楽配信サービスなどなかったから、ただインターネットの広がりと共にサービスが多様化し、グローバルに提供できないものも登場したのだ、と言える。
インターネットはまだグローバルか
それでは、こうしたアクセス制限の動きは今後も限定的なままなのだろうか。それとも、アクセス制限はコンテンツ配信サービスで始まっただけで、今後その他のサービスにも普及していくのだろうか。
アクセス制限が普及していく可能性は十分にある。なぜなら多くのウェブサービスが広告収益モデルである以上、広告の対象とならないユーザは、まったくありがたみがないからだ。例えばHuluを日本でも展開しようとするなら、権利処理だけではなく、日本人から収益を得る方法も必要になる。つまり日本人向けの広告である。いまは大半のウェブサービスが世界中から利用できるが、今後どこかの経営者が「サーバーに莫大な維持費がかかるので、アクセス制限をかけて広告収益に貢献しないユーザは締め出せばいいんじゃないか」と思いつく可能性はある。
インターネットはグローバルなものであると言われ続けてきた。とくにインターネットが爆発的に普及しはじめた頃は「これで世界中のどこにいても」「世界中を相手にビジネスができる」というようなことが盛んに喧伝されていた。しかし今日、IT企業の多くは東京にあり、世界を相手にしている日本のウェブサービス業者はほとんどない。かつてはウェブサイトのトップページは必ず英語で、と言われていたものだが、今では企業サイトであっても英語版メニューのないところが大半である。他方、日本を相手にしている世界のウェブサービス業者もほとんどない。もうインターネットはグローバルと形容するには程遠いのではないか。
それも悪くないのではないか、と筆者は思っている。日本のアニメやゲームに憧れて留学に来る人がいるように、モバゲーのような日本人向けのウェブサービスが目当てで日本にやってくる人が現れてもいい。ただ、こうした現状を変えようという意識がないのであれば、インターネットはグローバルだと容易には言わない方が賢明である。
本文中のリンク・関連リンク:
- Hulu
- News CorpとNBC Universalによる動画配信サービス。
- Nielsen Onlineのレポート(PDF)
- TechCrunchの分析
- MTV Music
- 多数のミュージック・クリップが揃ったサイト。
- Pandra
- 好みを学習してくれる音楽配信サービス。