新勢力の台頭
今年の初めころまではウェブブラウザといえばInternet Explorer(IE)とFirefoxの2大勢力があり、一時は圧倒的だったIEのシェアが徐々にFirefoxに追い上げられているところだった。Webに関連する多くの規格が標準化され開示されているにも関わらず、ブラウザ毎に実装や解釈が微妙に異なり「ブラウザ互換性問題」を引き起こしていたが、ようやく収束を向かえるように思えた。
しかし、今年に入ってGoogleがChromeのテスト版をWindows向けに無償公開し、これまでMacOS専用だったSafariもWindows版を無償公開した。IEも次期バージョンをテスト版として公開し始め、Firefoxも新しいバージョンを今年の6月にリリースしている。これまで大した動きのなかったブラウザ戦線に急に降って沸いたかのような盛況ぶりになっている。
速さと互換性
ChromeとSafariについては、その基幹となるコードは同じでAppleのWebkitである。このエンジンの特徴はWebページの描画速度が速いことである。ChromeはV8、SafariはSquirrelFishと呼ばれるJavaScript処理エンジンを搭載し、これらのブラウザのJavaScript処理速度の向上は目を見張るものがある。そしてFirefoxもTraceMonkeyエンジンで猛追中である。これまではサーバ側の都合でWebが遅いものと思っていたが、ブラウザ側で改善の余地がこれほどあったのかと驚かされる。
ブラウザの処理能力を測るベンチマークテストも脚光を浴びており、主にJavaScriptの処理速度を測定するSunSpider、GoogleのV8 Benchmarkが人気である。これに呼応するかのごとく、Firefox3でも、IE8でもブラウザの処理速度を強調するようになってきており、今回のブラウザ戦争の大きな焦点である。
一方、Webコンテンツやアプリ作成者によって重要となってくるHTML、CSS、JavaScriptについては規格そのものにあいまいな部分があるため、一概にブラウザ自体の設計や品質が悪いとは言い切れないが、同じWebページやアプリであってもブラウザ間で違いが出てくるのは避けられない。ブラウザ互換性問題が悪化する懸念はあるのだが、ここにもベンチマークテストの導入で沈静化を図る動きがある。今焦点となっているのはAcid3であり、各ブラウザともこのベンチマークで合格できるよう競っている。ベンチマークテストには賛否両論あるのだが、これまでのブラウザ戦争がデファクトスタンダードの奪い合いであったことを考えると、互換性をとるための競争であれば大いに歓迎したいところである。
何を争っているのか
ブラウザが速く、軽く、使いやすいものになっていくのはいいことだが、そもそもなぜ今頃ブラウザ戦争が再燃しているのか。
発端はGoogle Mapsに代表されるWebアプリの高度化であろう。Webメールやグループウェアが高度なWebインターフェースを持つようになり、多くのエンタープライズ向け製品の管理コンソールもWebアプリ化している。そしてAjaxが一般的なものになり、今までデスクトップアプリの王道であったOffice系アプリまでもがWebベースになろうとしている。ここで重要となってくるのがHTMLレンダリング、JavaScriptやCSSの動作であり、ほんの少しブラウザの実装の解釈が違うだけで画面全体が真っ白になることもありうる。そこでこの最も脆弱な部分を自分のブラウザを広めることにより将来性を担保しよう、との思惑があるのであろう。
より軽快に動作するブラウザがユーザに与える影響は大きく、Firefoxがシェアを伸ばした一因にもなっている。例えば、メールについては一部重量級デスクトップアプリよりも軽快に動作するWebメールも存在し、多くのユーザがWebメールに移行しつつある。ブラウザ上のアプリがデスクトップのものと同等のパフォーマンスと機能が得られれば、これまで以上にアプリのWeb化は加速していくであろう。
ブラウザプラットフォームが見直されつつある昨今、今度こそはW3CやECMAの標準に則ったブラウザが増えることを切望する。ベンチマークテストも上記以外のものも必要であるし、健全な競争により仕様が統合されていくのを見守っていこう。