IPv4アドレス枯渇へのカウントダウン

以前から「IPv4アドレスが枯渇する。IPv6に早く移行しよう」と言い続け、狼少年を見るような目に耐えてきたわけだが、今度こそ本当にIPv4アドレス枯渇へのカウントダウンが始まった。今回は残された時間で我々は何をするべきかを考えてみる。

IPv4アドレス枯渇のタイムリミットは2012年2月前後

IPv4アドレス枯渇予想は、これまで様々な団体によって発表されてきたが、現在最も信憑性の高いのは、 APNIC の Geoff Huston 氏による予測である。これによると、2008年11月上旬現在、IPアドレスを世界中に配分しているアドレス管理組織 IANA に残されている IPv4 アドレスは 38 個のブロック(1 ブロック = /8 = 約1677万アドレス)である。この残されたアドレスは2011年1月までに各地域のアドレス管理組織 RIR (APNIC,ARIN等)に割り振り終わり、もうこれ以上の IPv4 アドレスは残っていないことになる。IPv4 アドレス利用者に対しては RIR や国別のアドレス管理組織(JPNIC等)から割り振られることになるのでもうしばらくは IPv4 アドレスが配られるが、それでも 約3年後の2012年2月頃には RIR の IPv4 アドレスも無くなってしまう。

実はこの予測は、2ヶ月前の2008年9月上旬では、IANA の在庫が無くなる期限を2010年10月と予測されていた。その後の景気低迷加速の影響などもあり、アドレス消費速度が鈍化したため数ヶ月枯渇のタイムリミットが延びたことになる。それでも IPv4 アドレスが近い将来枯渇するという事実は動かしがたい。日本の地上アナログ放送の停波よりも先に、世界中の IPv4 アドレスが新たにもらえなくなるという事実はかなり衝撃的である。

IPv4アドレス延命とIPv6移行を同時に実施

残された3年間を最大限有効活用するために、日本では「IPv4アドレス枯渇対応タスクフォース」が2008年9月に設立された。インターネット関連13団体が参加して、様々な分野での対策を協力して実施することになっている。参加団体は今後も増えていくことが予定されており、今から半年、1年といった時間軸で、産業界を捲き込んだムーブメントに発展してゆくだろう。

同タスクフォースから出されている具体的な対策としては、IPv6への移行を進めるとともに、IPv4アドレスの延命策の一つである「キャリア・グレードNAT」の導入がある。キャリア・グレードNAT とは、現在家庭や企業などで使われている NAT 技術を、ISP 等のより大きな単位で導入して、少ないグローバル IPv4 アドレスを使って多くのクライアント端末を収容する方法である。

ここで注意していただきたいのは、キャリア・グレードNAT では、IPv4 アドレス枯渇が少しだけ延命されるという点である。NAT を使うと1つのIPv4グローバルアドレスで大量のクライアント端末を収容できるように思われがちだが、NTTコミュニケーションズの宮川氏によると、快適に使うためには10〜20人程度が限度だそうだ。その理由は、昨今の Web アプリケーションの作りにある。1つの Web ページでも、Ajax などの技術を使うとたくさんのセッションが同時に必要になる。代表的な例で言うと、ニコニコ動画で50〜80セッション、iTunes になると 230〜270セッションも使うようだ。宮川氏のプレゼンテーションではセッション数が限定された際のグーグルマップの動作を示していたが、セッション数を少なくする毎に地図がどんどん欠けていく様子がとても印象的だった。

このような限定的な延命策でしかないキャリア・グレードNATでさえ、実はまだ実現の目処が立っていない。大量のユーザが利用することを前提とするキャリア・グレードNAT向けには、高性能・高機能なネットワーク機器が必要になる。現在企業などで使われている NAT 機器では力不足であり、まさに「キャリア・グレード」な機器の開発が今後必要である。

危機感の薄さそのものがリスクに

上述したような IPv4アドレス枯渇の状況は、ISP など IP アドレスに縁が深い組織にはかなり浸透してきたようだ。問題は、インターネットをサービスとして利用してきたiDCや、その上で稼働するソフトウェアを開発してきたSIer やパッケージベンダだろう。これまで IPv4 アドレス枯渇に関する情報がうまく行き渡らなかったこともあるが、現時点ではほとんど危機意識を持っていないのが実情である。

著者が一番危惧しているのは、IPv4アドレス枯渇に対応できるソフトウェア開発者が、現時点ではほとんどいないということだ。特に企業向けアプリケーション開発をしている人たちは、これまではニーズがなかったこともあり、今でも全く関心が無いだろう。実際問題として、例えば IPv6 が標準で稼働するはずの Linux でも、企業で使う際にはオフにして運用することが当たり前のように行われている。

ソフトウェア開発者への啓発という観点から、草の根的に各種コミュニティに情報提供するとともに、技術者向けの試験のカリキュラムに組み込んでいくことも大切である。例えば先日公表された情報処理技術者試験の「応用情報技術者試験」のシラバスでは、「IPv6の必要性と特徴を理解する」と書かれているのみである。差し迫ったIPv4枯渇という状況を考えると、こうした概念レベルの理解ではもはや足りない。

IPv4アドレスが枯渇するからといって、すぐにインターネットが止まるということはない。既存のIPv4アドレスを持ったユーザはそのまま使い続けることもできるだろう。しかし新しいビジネスを考え出して多くのユーザを獲得しようとしたとき、それらの新しいユーザに IPv4 アドレスを配ることができないかもしれない。こうした問題を事業リスクとしてとらえ、将来の事業計画に対応策を含めてゆくことが必要になる。