見ていると欲しくなる

著者は最近、ゲームと楽器ばかり買っている。なぜか。YouTubeとニコニコ動画のせいだ。

見ていて楽しいゲームプレイ動画

いまさら言うまでもなく、YouTubeやニコニコ動画には多様な動画がアップロードされている。そして、その中の一つに「ゲームプレイ動画」というジャンルがある。誰かがゲームをしている様子を録画したもので、オープニングからエンディングまで何時間と続くものも少なくない。真剣にクリアを目指して遊ぶ動画もあれば、おかしさを目指して遊ぶものもあり、プレイヤーによるゲームの解説が入ることや、ゲームに合わせて「やった!」とか「びびったー」とかいったプレイヤーの実況がそのまま録音されていることもある。面白い動画はたくさんあるが、例えば「バイオハザード」というホラーゲームをすごくビビリの人が遊ぶ様子は、ゲームを知らない人でも笑ってしまうはずだ。

ニコニコ動画にはニコニコ市場という、ユーザーが好きな製品を動画に紐付けた広告として登録できるシステムがある。ゲームプレイ動画には当然、そこでプレイされているゲームソフトが広告に表示されることが多い。するとニコニコ動画でゲームプレイ動画を観て面白いと思った人は、ついニコニコ市場にあるゲームソフトの広告をクリックして、ついつい買ってしまうということになる。実際、ニコニコ市場のゲーム売上ランキングを見ると、無視できないくらい多くの人達がそのようにしてゲームを買ってしまっていることが分かる。

ランキングを見ていると、あまり売れ筋ではなかったゲームが、動画によって一躍注目を集め、売上上位に踊り出るということも少なくない。ニコニコ市場以外で購入をする人達もいることを考えると、ゲームプレイ動画はゲーム会社にとってコストがかからないにも関わらず、強力な広告の一つになってきていると言えるだろう。こうした動画はゲーム会社にとって見れば著作権の侵害でもあるのだが、広告効果を見てか概ね黙認されているようだ。今後はさらに、黙認から奨励へと進む可能性も高い。例えば「アイドルマスター」はニコニコ動画で一大ブームとなっているアイドルを育てるゲームだが、撮影した動画を加工して公開しやすいようにする仕組みが搭載されており、熱心なユーザーから賞賛されている。

いずれにせよ「見ていると欲しくなる」のはゲームの基本である。SCEIのPlayStation3やMicrosoftのXbox
360では、多くの発売前のゲームが、インターネット経由で体験できるようになっているし、任天堂のWiiでは広告の一環として公式に「ゲームプレイ動画」をたくさん公開している。こうした広報や動画共有サービスのおかげで、ゲームについては、買ってみないと面白いか分からないという博打の時代は終わりつつある。

買って楽しい楽器演奏動画

筆者にとって、ゲーム以上に「見ていると欲しくなる」のが楽器である。YouTubeやニコニコ動画には「ゲームプレイ動画」だけでなく、「楽器演奏動画」も多く公開されている。そして、そうした動画を観て購入を決意する人が多いのも、ゲームと同じである。例えばコルグのELETRIBE
MXという楽器はニコニコ動画にアップロードされた演奏動画がきっかけとなって、生産終了直前からヒット製品に返り咲いた。同じくコルグのシンセサイザー「DS-10」「KAOSSILATOR」、歌う楽器として一躍有名になった「初音ミク」も、YouTubeやニコニコ動画が生んだヒット楽器だろう。動画を見て買って、また自分も動画をアップロードするという循環が生まれている。いずれの製品も、検索すると上位に動画が表示されるのが象徴的である。

筆者も最近、アカイ・プロフェッショナルの「MPC-1000」というサンプラーを購入した。昔から欲しかったのだが、YouTubeで色々な人のプレイ動画を見ているうち、ついに我慢できなくなって、そのままオンラインショップで注文しまった。もちろん多くの楽器は、大きな楽器店に行けば実際に触れて見ることもできる。しかし人目をはばかりながら、長時間触れるわけにもいかない。慣れない電子楽器は、どのように動かせばいいのか分からないことも多い。そもそも渋谷や池袋まで出かける必要もある。その点、YouTubeには楽器の特徴を紹介するような動画から、初心者向け講座、上級者の演奏の様子まで、なんでもある。おかげで、なにが出来るか、出来ないかを見極めて購入することができるし、購入後も動画を観ることで演奏の参考にしたり、モチベーションを維持させられる。

本当の動画広告時代

考えてみれば、これまで長いあいだ広告の中心にはテレビがあった。そしてテレビコマーシャルは15秒という短い間なので、イメージやメッセージを簡潔に伝える手法が中心だった。しかし今日ではものを買う時、各メーカーのウェブサイトで性能を細かく調べたり、ブログで評判を見たり、比較サイトで一番安い店を探すということが当たり前になってきている。インターネットのおかげで、イメージよりも中身を重視し、より賢くものを買うようになったと言えるかもしれない。そんな中で企業は、高性能な商品を開発することはもちろんとして、「見ているだけで欲しくなる」ような商品や広告手法を模索する必要がある。ゲームや楽器だけが特別な商品ではない。ゲームなどはむしろ数年前まで、インターネットのせいで遊ぶ時間がなくなる、市場は縮小すると言われていたのだ。

例えば旅行会社のウェブサイトには、なぜ観光スポットの動画がないのだろうか。YouTubeで公開すれば「見ているだけで行きたくなる」という人がもっと増えるのではないか。携帯電話はウェブサイトでスペックを見ることはできるが、使い勝手は人の多い家電量販店に行かないと分からない。仮想的にウェブで体験できるようになれば「これなら今までと同じように使えそう」「この機能は面白そう」と買い替える人も出てくるのではないか。映画の予告編は昔からシーンの貼り合わせばかりだが、インターネットではいっそ初めの五分などにした方が集客効果があるのではないか。衣類、日用品、文房具、車、食品、なんであれアイドルや芸能人がコマーシャルで「愛用しています」と言うものは多いが、イメージキャラクターではなく本当に日常的に利用している様子を動画で公開できれば、製品の信頼性に繋がるのではないか。これらは、いずれも技術的に難しくないことばかりである。

昨今、広告業界にとっては難しい時代と言われている。インターネットの影響力が強まる一方、テレビ、雑誌、新聞といった広告メディアの柱がいずれも影響力を落としているからかもしれない。不景気のせいで購買欲が落ちているせいかもしれない。しかし、人がものを買うことをやめたわけではない。実態はイメージや話題先行で物を売る時代から、中身の面白さ、良さで物を売る時代へと以降しているのに、広告がそれに追いついていないのではないか。なぜYouTubeやニコニコ動画のユーザは「ゲームプレイ動画」「楽器演奏動画」のような実質的な広告を進んで作成しているのか、どうすればユーザーに取り上げてもらえるような製品になるのか、その理解の先に新しい広告像が待っているはずである。