スポーツにみる人と機械の共存

北京五輪ももうあと少しというところまできた。 オリンピックでは、素晴らしい熱戦に酔いしれたいと思うが、
その為には、競技を支える審判などのスタッフの力は大きい。 今回は、審判による判定と、そのサポートを機械がどのように
行なっているのかについて見ていきたいと思う。

機械を駆使した判定は正しい?

スポーツが競技である以上、避けて通れないのが審判による判定である。
しかし、審判も人間であり、完璧ではない。このため、判断を誤ることもある。
従って、スポーツの種別を問わず、審判による誤審が物議をかもすことがなくなることはなかった。

そのような状況を受けて、機械の力を借りて、何とか正しい判定が行えないかという 試みが各スポーツ界で行われてきた。
その中でも、もっとも優れた仕組みの一つは、陸上競技などで順位を判定する際に用いられる スリットビデオシステム(デジタル写真判定装置)であろう。
皆さんも、テレビなどでよく見かけているので、今更説明の必要もないと思うが、
順位を確認する際に用いられる、あの独特の写真を撮影するシステムである。

この仕組み、実は、単純にトップの選手がゴールした瞬間を撮影してものではない。
名前にスリットがついていることでお分かり頂けると思うが、ゴールライン上の
スリット写真の集合イメージ画像を、パソコン上で時系列に繋ぎあわせて
作られた画像である。その証拠に、よく見るとお分かり頂けると思うが、不自然な写真となっている。
このスリット写真は、最新のシステムでは、最大で毎秒1万回の撮影を行うことが可能で、
撮影された膨大な数のスリット写真の画像も、短時間のうちにパソコン上で繋ぎ合せて表示することができる。
ここまで来てしまうと、もはや、人の能力では太刀打ちできるものではなく、
機械の優れた力を最大限に活用して、最終的に順位を人が判断することが、 限りなく正しい判定を行なう条件と言える。

正しい判定ができればよいという訳ではない

既に述べた陸上競技の判定のように、定点での順位の判定を行う競技の場合は、
システムの導入による判定の正確さの精度を限りなく高めることは、 正しい判定を行なうためのベストな選択肢である。
しかし、球技や格闘技などのように、決められたフィールドのどこかで様々な判断を
しなければならない事象が起こる場合は、話は複雑になる。

特に、サッカーのように試合の流れが重要なスポーツでは、
ビデオ判定によって、リズムが狂い、ゲームの面白さを損ねてしまうという事情もある。
正しい判定ができるからといって、正しさのみを追求しすぎると、
そのスポーツのもつ面白みを殺してしまい、本末転倒な結果となってしまうであろう。

しかしながら、同じように試合の流れが重要なスポーツであるテニスで、新たな動きがあった。
選手の打ったボールがコート内にちゃんと入ったかどうかを、 ビデオを用いたインスタントリプレーシステムで判定する仕組みが導入されたのだ。
ここで使われているシステムは、イギリスのホーク・アイ・イノベーション社が開発した「ホーク・アイ」システムである。
このシステムでは、コート周囲に設置された10台のカメラがボールの軌道を捉え、
映像をシステムに送り、ボールがどのような軌跡を描いたか瞬時に映像解析を行なう。 そして、ボールがコート内に入ったか否かまでおも『 機械
』が判定してしまうというものだ。

チャレンジに見る、人と機械の共存

このシステムはかなりの費用が掛かるが、導入は進んでおり、権威ある4大大会でも、
全仏オープンを除く全ての大会で既に導入されている。ただ、面白いのは、
システムそのものというよりも、このインスタントリプレーシステムで判定する仕組み
の内容である。実は、全てのショットに対して、絶えず機械に判定をさせるのではなく、
選手が判定に不服な場合に、システムによる再判定を要求できる仕組みにしている。
なお、この再判定を要求する行為を「チャレンジ」と呼ぶ。

チャレンジが要求できる回数は1セットに2回となっている。
その結果、審判の判定が正しく、選手が間違っていた場合には、要求する権利を1回失うことになる。
つまり、選手自身の判断が間違っていた場合は、正しい判定を要求する権利を失っていく 仕組みとなっているのだ。
ゲームの流れを損なわないことに配慮しつつ、機械による正確な判定結果を
最大限に活用するというバランスをとった結果として、このような仕組みになったのであろう。

なお、この仕組みが最初に導入された大会で、161回のチャレンジが行なわれたが、
そのうちのインスタントリプレーシステムにより判定が覆されたのは53回で、
全体の33パーセントであった。これを見る限り、チャレンジを要求した場合に、
その権利を失う可能性は、失わない場合の2倍あるということになる。

このテニスのチャレンジの仕組みを見ていて感じることは、 機械による判定が正しいということを認めつつも、
スポーツの持つ面白みを阻害しないためには、無闇に使いすぎないということも重要、ということだ。
これは、スポーツの世界に限ったことではなく、ビジネスの世界にも十分に 参考になることではないだろうか。
システム化による様々なメリットを耳にすると、やたらに、システム化を行なおうとする
光景を目にすることがある。しかし、局所的には、システム化を行なうことは正しくても、
全体の流れの中で見たときに、システム化を行なうことが悪い効果を生むこともあり得る。
人が主役であるスポーツ界でのシステムの導入から、学ぶことは色々とあるのではないだろうか。