位置情報サービス(Location-Based Services)と聞いて読者のみなさんは何を思い浮かべるだろうか。GPSを使ったナビゲーションや防犯サービスは比較的成功している例だろう。しかし、現在普及している位置情報サービスは当初期待されていたもののごく一部に過ぎない。本稿では、位置情報サービスの今後の展望について考えてみたい。
位置情報サービスの失われた10年(継続中?)
まず、本稿における位置情報サービスの定義は、「あるモノの地理的な位置情報を考慮に入れたあらゆる種類のサービス」とする。一般に、位置情報サービスというとモバイルコマースにおいて位置情報を加味することを想定した場合が多い。これは、携帯電話のGPSや基地局情報、および所持品に入っている無線ICタグ(RFID)を利用者の位置情報の特定に利用し、その位置情報を用いてサービス価値を向上させることを指す。
当初の予測では、位置情報サービスの市場は2006年から2010年にかけて飛躍的に増加するとされていた。この4年間で、位置情報サービスに関するアジアの市場は2.9億ドルから4.5億ドル、欧州の市場は1.9億ドルから6.2億ドル、そして米国の市場は1.5億ドルから31億ドルと予測されていた。
しかし、実際のところ期待されていた程には成長していない。この理由として、キラーアプリケーションが無いことの他に、サービスの結果を表示するまでに時間がかかること、そして何よりプライバシーを懸念されることが挙げられる。研究室レベルでの進展や便利なサービスのモデルは出現しているものの、普及や高度化が限定的といえるこの状況は10年前とあまり変わらないと言われるのをここ数年耳にしてきた。
この状態は今後どうなっていくのだろうか。以下では、位置情報サービスの今後の普及の観点から2通りの方向性について探りたい。一つは強制による普及、もう一つは利用者の価値向上への要求による普及である。
強制はあくまでひとつの普及の原動力
当局やサプライチェーンを管理する人々にとって、ヒトやモノ位置情報を特定し、監視に使うことは非常に魅力的に映る。
米国で1996年に施行された法案のE911では、緊急通報時に発信者の緯度経度情報を通知するというものである。EUでは同様の E112という法案があり、日本でも総務省規則により2007年から1月10日から110(警察)、118(海上保安本部)、119(消防・救急)への緊急通報時には端末の現在位置が通知される。
サプライチェーンにおいては、米国Walmart社が搬入物への無線ICタグ(RFID)の装着を順次求めていく方針を実行に移して一定の成功を収めており、業界全体での進展が予想される。無線ICタグは位置情報を特定する上でより重要性を高めていくと考えられている。
こうした「強制による普及」はプライバシー保護の議論を続けながらも、位置情報サービスにとって重要な役割を今後も果たすだろう。しかし、位置情報システムが生活の中に浸透するの可能性は他にも見いだせる。
価値向上を求める利用者による普及の後押し
著者は、位置情報サービスが生活の中に浸透する上で、以下に示す利用者の要求が関与する項目に可能性を感じている。
- Web:Webで提供されている位置情報サービスの利用者が、サービスの高度化を望む場合
- 芸術作品:芸術的な表現力を追求する際に、位置情報サービスを利用する場合と、その作品により人々の位置情報サービスへの抵抗感を緩和する場合
- 遺失物係(Lost and Found):電車などでの遺失物による悲哀から人々が逃れたいと望む場合
Webで提供されている位置情報サービスの利用者はより高度なサービスへの要求を持っていると考えられる。例えば、電車での移動・乗り換えをピンポイントで誘導する人に依っては非常に便利なサービスがあるが、こうしたサービスは多くの場合利用者が能動的に情報をリクエストする必要がある。サービスとのやりとりの自動化、待ち時間の削減、情報の精緻化を望む利用者が増えていくことにあわせて、草の根的に位置情報サービスがより浸透していく下地もできていくだろう。
芸術作品に関して、監視というよりも芸術としての位置情報サービスであれば、人々が自身と実世界のセンサーとの情報のやりとりに対する心理的な抵抗感を緩和し、認知度も高まるだろう。例えば、D-Towerという市民感情を反映するというオブジェがオランダにある。人々と実世界のセンサーとの情報のやりとりが生む、新しい表現能力として位置情報サービスを利用する事例が増えればその普及を後押しするだろう。
最後の遺失物係について、遺失物に関するコストを軽減するために、位置情報サービスが使われることが期待される。警視庁の遺失物取扱集計データなどをみても、あまりにも多くの遺失物がある。それに対し、人がモノを落とすことを防止するのは技術的に限界がある。その ため、落とした後のケアをする遺失物検索システムに資金が投じられている(わすレモンちゃん、など)。ここで、指標には現れることのない、モノを落として再び手元に取り戻すまでに発生するコストの削減を考えると、時間、手間、不安・後悔といったコストを削減するための手段としてとしての位置情報サービスは比較的に受け入れられやすいのではないだろうか。
以上で述べたような要因も、位置情報サービスを生活の中に普及させるための要因として、位置情報サービスの進展を下支えするだろう。位置情報サービスが今後期待通りの普及を見せるのか、また、現状の位置情報サービスに満足しない利用者の声が今後どの領域から上がるか、といったことに注目したい。
本文中のリンク・関連リンク:
- Location-based services – Junglas, I. A. and Watson, R. T. 2008. Commun. ACM 51, 3 (Mar. 2008), 65-69.
- 位置情報技術/ID認証技術としてのRFIDを巡る動向 – 情報処理推進機構(IPA)ニューヨーク事務所によるレポート
- Pinpoint!で階段 -電車の乗降口と階段の位置関係を示してくれるサイト
- Urban sensing: out of the woods – Cuff, D., Hansen, M., and Kang, J. 2008. Commun. ACM 51, 3 (Mar. 2008), 24-33.
- D-Tower – 市民感情を反映するとされるオランダにあるオブジェ
- 遺失物取扱集計データ – 警視庁の統計資料
- 遺失物検索システムの導入 – 東武鉄道株式会社のプレスリリース