インターネットの検索エンジンで、 自分自身の名前や、友人知人の名前を検索した経験がある人も多いだろう。 自分の名前で検索した場合には、 自分の過去の行動を断片的にではあるが知ることができたり、 場合によっては他人からの評価を知ることもできる。 古い友人の名前を検索して、今どこにいるのか、 どんな仕事をしているのかといったことを知ることができたことも何度かある。 インターネット上の情報は実世界の情報のごく一部の情報しか反映していないとはいえ、 社会的にどのような活動をしているのかを垣間見ることができる。 個人名ではなかなか個人の生活の実態までは検索結果から知ることは難しいが、 これがたとえば会社名であったり、商品名であったりする場合には、 その内容や評判、あるいは競合他社、 競合製品との関係まで含めてかなり詳細に把握することが可能である。
10年後の自分を探す
とはいえ、現在のインターネットで検索できることといえば、 当然のことながら過去の情報に限定される。 自分が今までにしてきたことは自分自身は当然知っているわけなので (忘れていない限り)、新しい発見はないわけである。
これに対して、たとえば、こんなことを考えてみる。 もし10年後の検索エンジンが今使えるとして、そこに自分の名前 (あるいは自分の会社名でも良いし、商品名でも良い) を入れてみたらどんな結果が出るだろうか ? 全く新しいフィールドで活躍しているかもしれないし、 あるいは全くヒットしない(!) かもしれない。 10年後の実世界での自分を頭の中で想像するのも楽しいが、 10年後のインターネットで自分自身の情報を探すこともきっと楽しいはずだ。
たとえば、今あなたが就職を控えていて、どの会社に行くか迷っているとしよう。 A社に行った場合の10年後の自分は検索結果としてどのように反映されているだろうか。 また、B社に行った場合は ? あるいは、今あなたの会社が新しい事業展開を考えているとしよう。 同業他社の競合製品が多い中で、 10年後に自社の事業は検索結果のトップになっているだろうか。
インターネットコンテンツによる未来シミュレーション
一般的にいえば、未来予測というのは(当たり前のことだが)とても難しい。 最も簡単な方法は、過去の傾向から外挿によって予測を行うもので、 たとえば、「株価が今まで上がっているから今後も上がるだろう」 というようなものだ。このような予測手法は、 過去の傾向がそのまま引き続くというかなり強い仮定を置いているが、 実際には、さまざまな要因が複雑に絡み合う状況においては、 このような外挿は意味を持たない場合が多い。 たとえば、たった一人の一言があなたの人生を変えてしまうかもしれないし、 ちょっとしたタイミングのズレが、 あるいはたった一人の政治家の一言が事業環境を全く変えてしまうかもしれないからである。 株価にしても全般的な傾向として上がる可能性、 下がる可能性は確率的に論じることができるが、 投資家の判断やそれに付随して起こる相互作用の結果として生じる不確定な事象は論じることができない。
こうした不確定性を考慮した未来予測は確定的なシミュレーションでは対応できない。 最近注目されている新しい予測のためのアプローチは、 マルチエージェントシミュレーション(*)である。 知性を持った複数のエージェントを仮定し、 個々が自律的な判断に従って行動した場合に、 相互作用の結果として全体に生じること(創発ともいわれる) をシミュレートしようとするものだ。
(*) マルチエージェントシミュレーションの解説書はたくさんあるが、 たとえば、 「人工社会—複雑系とマルチエージェント・シミュレーション」(Joshua M. Epstein ほか)など。 また、プロジェクトとしては21世紀COEプログラム 「エージェントベース社会システム科学の創出」など。
外挿による未来予測は確率的(たとえば株価が上がる確率は○%というように) であるのに対して、 マルチエージェントシミュレーションの結果そのものは確率的ではない。 現実の世界がおそらくそうであるように、たまたまそうなったのだ。 だから、何度も繰り返して行い、大体どのくらいの割合でうまくいきそうか、 失敗しそうかを判断する。
夢を与える(かもしれない)未来検索
インターネットでは過去の情報が膨大に蓄積されている。また、 情報がいつどこで生まれ、それがどのように変わり、 伝わっていったかという動きも記録されている。 未来検索は、過去インターネットに蓄積された情報の動き方をもとに、 知的なエージェントを想定し、自分が何か情報を発信したときに、 それに対してどのような反応が返され、 またそれがどのように伝播していくかをシミュレートするものだ。 当然不確定要素が多いから、未来検索の結果は信頼性の高いものではない (というよりほとんど信頼できないだろう)。 ただ、いろいろなシナリオを変えてやっていくうちに、 参考になる結果や、あわよくば生き方の指針が得られるかもしれない。
現代人は自信を失いつつあるといわれる。 正しい情報、法令遵守、個人情報保護といった制約に縛られる中で、 自分自身の活動範囲をおのずと狭めてしまっている面もあるだろう。 インターネットの情報に対する依存度が否応なしに高まる中、 コンテンツの信頼性や個人の価値観とのマッチングは重要な研究テーマであるが、 先の見えない未来に対して自信がつくような未来を創発してくれる未来シミュレーションも必要ではないだろうか。
本文中のリンク・関連リンク:
- 21世紀 COEプログラム エージェントベース社会システム科学の創出 (東工大)
- 人工社会—複雑系とマルチエージェント・シミュレーション
Joshua M. Epstein, Robert Axtell(著), 服部 正太、木村 香代子(訳) [amazon.com]