テーブルに拡がる新しいユーザインタフェースパラダイム

「パーソナルなコンピュータが事務の生産性を飛躍的に向上させたように、 インタラクティブなテーブルが会議を加速する」、そんな環境があたりまえになる日も近いかもしれない。 先日、米国ロードアイランド州の港町ニューポートで開催された国際会議「Tabletop 2007」に参加し、コンピュータ活用の新しい可能性を感じてきた。

世界中のテーブルトップ研究者が集結

「Tabletop」というこの奇妙な名が題されたワークショップが初めて開催されたのは昨年のことである。 今年は2回めの開催となり、100名規模の研究者が集まった。 参加者の比率は、もっとも多い米国からの参加が27名、次いで日本から14名、カナダから8名、…といった構成であった。 開催国である米国がもっとも多いのは当然としても、次に多かったのが日本からの参加という点はたいへん興味深い。

さてこのワークショップのメインテーマは、テーブル上に拡がったディスプレイや各種センサを使ったコンピュータとのインタラクションである。 このテーマのもと、テーブルトップインタフェースに関する新しいアイデアや実験の結果について、様々な議論が重ねられた。 なお発表された論文の多くはユーザインタフェース研究をバックグラウンドとしており、各セッションのタイトルは次のとおりである。

  • はるか遠くへ: 遠隔・分散テーブルトップの連携
  • 外へ出る: 実世界におけるテーブルトップ
  • 読み書き、そして: テーブルトップのユーザ・エクスペリエンス
  • WIMP! ¹: 伝統的なインタラクションをテーブルトップにも
  • 徹底的に: 新しいテーブルトップの対話と基盤
  • ガジェット&ギズモ: “注目すべき” ² テーブルトップ・ハードウェア

Microsoftの新たな挑戦

Microsoft Researchの研究者による基調講演では、同研究所で開発されているMicrosoft Surface SDKがデモンストレーションをまじえて紹介された。 このSDK (= Software Development Kit)は、同社が開発しているテーブルトップコンピューティングを実現するハードウェア向けのインタフェースを提供するもので、Windows用に用意されている既存のソフトウェア開発キットと親和性が高い。

講演によれば、「そもそも新しいインタフェース技術をビジネスにするには、1.手頃で質の高いハードウェア、2.す速く正確な入力システム、3.革新的な対話モデル、これらを実現したうえで、4.ユーザを引きつける素晴らしいコンテンツが必要なのだ」という。 そして「それを実現するためには、このSDKを使えばよい。これを使えば既存のWindows用アプリケーションを僅かな手順でテーブルトップアプリケーションに変更できる」というのだ。 デモンストレーションをみる限り、とても簡単にテーブルトップ向けアプリケーションを作成することができていた。 Microsoftと契約すれば、ハードウェア込みで利用できるとのこと。Microsoft Surfaceに興味がある方は、Microsoft Researchに連絡をとってみてはいかがだろうか。

ところで、ここまで読んで「タブレットPCで懲りてないのか?」と思われた方がいらっしゃるかもしれない。 「この新しいインタフェース、ニーズは本当にあるのだろうか? いま使っているキーボードとディスプレイで十分じゃないか?」と訝しく思われる方も多いことだろう。

テーブルトップインタフェースって本当に必要?

たしかに、コンピュータを個人ひとりで利用するこれまでどおりの使い方であれば、テーブルトップインタフェースのような新しい工夫は要らないかもしれない。 タブレットPCは、既にある枠組みの中へ新しいインタフェースを持ち込もうとしたが、うまくいかなかった。 ところが、ふたり以上、多人数での作業を考えたとき、状況は一変する。

ペアプログラミングのようなケースは例外として、基本的にディスプレイに向かいキーボードを叩く(、マウスを操作する、あるいはペンで画面をタップする!)のはひとりのユーザである。 そのため既存のインタフェースは、複数のユーザが協調作業を行うことを考慮して作られてはいない。 ところがテーブルを囲んで行う協調作業を支援するためには、テーブルトップインタフェースはうってつけの環境となるのだ。 はたして、多くの発表がコンピュータによる協調作業、Computer Supported Collaborative Work (CSCW)に関連するものであった。 またテーブルトップインタフェースの特徴は次のようなものであり、この点からもCSCWに向いたインタフェースであることが分かる。

  • プロジェクタによる大きな画面やカメラによる認識が利用される
  • 入力される情報は、多入力かつ同時入力である
  • 入力は指、タグ付きオブジェクト、その他の物体を介して行われる
  • それらの位置、大きさ、向きに関して自由度が高い

会議を支えるテーブルトップインタフェース

ビジネスの現場では、会議の際、電子黒板やプロジェクタを利用する状況はもはや当り前となりつつある。 テーブルトップインタフェースを備えたデバイスはその延長線上に来る新しい電子機器として期待が高い。

現在のところ、プロジェクタは単に情報を表示するだけであり、情報の流れに関しては一方向型のデバイスである。 また一方で電子黒板は大きな領域を利用した入力装置として分類でき、逆向きに一方向の情報が流れる。 テーブルトップインタフェースは、これらをうまく組み合わせて双方向性を持たせたデバイスと考えることができる。 PC互換機とWindowsの普及でパーソナルコンピュータが爆発的に普及したように、やり方によっては今後、テーブルトップ機器が爆発的に普及する可能性は高い。

なおこのインタラクション、大きな平面を介在した多人数の同時参加による情報入出力という点だけに焦点を当てて考えると、テーブル上である必然性は薄くなる。 プロジェクタの自然な拡張を考えた場合には、その実現方法は壁面インタフェースとなるだろう。 それも考慮して、このワークショップ、次回からは”Tabletop and Intaractive Surface”というテーマで論文を募集するとのことであった。

個人のインタフェースも新たな段階へ

また個人の利用でもテーブルトップインタフェースが役に立つのではないかという提案もある。 会議では、この案のデモも見ることができた。 机の上に、キーボード、マウスとディスプレイが置かれており、一見、通常の事務机である。 ところがその机自体が入出力のインタフェースを備えており、キーボードやマウスを使った入力を補完する情報のやりとりを実現する、そんなインタフェースである。

一度に扱う情報量の拡大に伴い、最近では、個人用端末でも複数台のディスプレイが当り前に利用されるようになってきた。 机自体が入出力インタフェースになるというこの発想は、その延長線にあると考えることもできるだろう。

また最後に複数同時入力(マルチインプット)の可能性も指摘しておきたい。 これまでのポインティングデバイスは常に一ヶ所がフォーカスされるものであった。 Jeff Hanによるプレゼンテーションを観るとよくわかるように、同時に複数の入力が可能になることで、インタフェースとしては大きな拡がりを持つ。 テーブルトップインタフェースでは、基本的に複数同時入力が前提とされている。

キーボードやマウス、ディスプレイといった既存の枠を越えたインタフェースがどこまで拡がるか、興味は尽きない。

テーブルトップインタフェースで協調作業(ゲーム)を行う参加者たち
写真: テーブルトップインタフェースで協調作業(ゲーム)を行う参加者たち

※1 現在ひろく一般に利用されているコンピュータのインタフェースは、ウィンドウ(Window)、アイコン(Icon)、メニュー(Menu)、ポインティングデバイス (Pointing device)から構成される。 それぞれの頭文字をとり、これらを総称してWIMPと表現することがある。
※2 原題は「Gadgets & Gizmos: “Notable” Tabletop Hardware」。このセッションでは、いわゆるショートペーパー、「Note」カテゴリに属する論文の発表が集められた。”注目すべき”という表現は、それに対する語呂合わせでもある。